【第二章・第三十五話】久しぶりの外出
「ごめんなさい、コロクルム。ゆっくり読書をしていたところでしたのに……」
「いえ、このくらい大丈夫です。貴女には普段から本当にお世話になっていますし」
今日は、よく晴れて見通しのいい午後だった。光がもの哀しいくらい鮮やかに街を照らしている。雲の影が街を光と影に分けてゆっくりと動く。
僕の帰る家でもある孤児院を運営する教会のシスター・アンゲルスに連れられ、共にフォルトゥナまで日用品の買い出しに来ていたところだった。たくさんの荷物を抱えている僕の隣を歩く彼女は、いつも通り天使のような笑みを浮かべている。
「少し、歩き疲れてしまいましたね。休憩がてら、『叢雲庵』にでも寄りましょうか」
そう言うと、シスター・アンゲルスはにっこりと笑って、「他の子達には内緒ですよ」と人差し指を唇の前にそっとあてた。
目的のものを買い終えてからはあてずっぽうに歩いていただけなのだが、彼女の言う『叢雲庵』は案外すぐに見つかった。
随分と落ち着いた雰囲気のオープンカフェで、白い庇が大きく舗道に向かってせり出している。庇の下の日溜まりの中にテラス席が並び、何組かの客が小さな丸テーブルを囲んで談笑しているのが見えた。
彼女の優しい気遣いの塊のような提案に、僕は頷く。その『叢雲庵』という店へ入り、駆け寄ってきたウェイトレスに案内された席に付いた。
店内には、会話を邪魔しない程度に、ゆったりとした小さな音楽が流されている。穏やかな女の声と、爽やかな男の声とが混ざり合い、そこに、客達の華々しい話し声や皿の音、グラスを重ね合わせる音などが水のように溶けこむ。
「わたし、甘いものが少し苦手なんです。コロクルムも、あまり好んで食べないでしょう? このお店は素材本来の甘味を生かしたものが多いと、知人に勧めてもらって以来、すっかり虜になってしまって……」
___素材本来の味、か。
確かに砂糖特有のあの甘味は好きになれる気はしないが、自然な甘さなら僕も大丈夫かもしれない。おそらくシスター・アンゲルスは僕が甘いものが苦手なことを覚えていてこの店に入ったのだろう。
いや、そもそも、『叢雲庵』に僕を連れて来たいがために、わざわざ買い出しへ誘ってくれたのかもしれない。彼女は昔から、そういった繊細な優しさを皆へ振りまくような人だ。そんなにも誰かの為に尽くせる彼女を、僕は尊敬している。
「さて、注文しましょうか。『叢雲庵』はこのフロマージュが人気なんですよ。だから、わたしはそれを……あら? そういえば、前回もこれを食べたような気がしますね。では、今日はティラミスをいただきましょうか。ああ、でも、ティラミスは前々回に食べたような……」
「……余計な一言かもしれませんが、健康のためにも食べ過ぎは良くないかと」




