【第二章・第三十一話】彼女達との出会い
サングイス・イクェスは、イクェス商会を経営する大商人の娘だ。
イクェス商会とはアストノズヴォルド皇国でも有名な商会の名であり、得た収入の一部を孤児院へ寄付しているという噂もある。なぜ噂なのかというと、商人としての腕は確かだが、人と対話するには少々寡黙すぎる彼女の父が、それを公表していないからだ。
サングイスの話によると、そのことに関して下級貴族から、偽善の優しさだと嫌味を言われることもあるらしい。……たとえ偽善であったとしても、なんの見返りも求めずに大金を寄付するなんて安易にはできないだろうに。
そんなご両親のもとで育てられたサングイスとの出会いを語るには、彼女の兄との出会いも必然的に語らなければならない。
「……お前、なんか夢とかないの?」
「……はい?」
「ちょっと、お兄様。そんな高圧的な言い方しなくてもいいじゃない」
普段寛いでいる教会の庭で、今日も木陰に座り込んで読書をしていた僕の前に現れたのは、どこか見覚えのある少年と少女だった。ぶっきらぼうにそう言った少年の態度を窘めるように、少女が口を挟む。
確かこの二人は、たまに教会へやってきては孤児の相手をして帰っていく不思議な兄妹だったと思う。僕と関わったことは今までないが、他の孤児達は随分とこの人達に懐いていた。
「いっつも、ここで同じ本読んでんじゃん。あんまり分厚い本にも見えないし……そんなに読むのに時間かかるのか? サングイスくらい遅いぞ」
彼の視線を辿った先には、僕が手に取っているボロボロの本があった。僕が本を読む速度は人よりも少し速い程度で、特段遅いわけでもない。だから、少年の言う通り、同じ本を何度も読み返しているのだ。
「お兄様、余計なこと言わないで。……その本って、植物学のものよね? 興味があるの?」
サングイスと呼ばれた少女は、拗ねたように頬を膨らませながらも僕にそう尋ねた。乱雑な言い方をする兄とは違い、随分と丁寧な口調をしている。どこかチグハグながらも、兄妹仲は良さそうだと思った。
「まあ、はい……でも、仕事にしたいとは思いません」
「どうして?」
「……別に、貴女には関係ないでしょう」
嘘だ。幼い頃から植物が好きで、本当は将来そういうものに関わる仕事に就きたいと思っている。だが、僕は孤児だ。ただでさえ教会が運営している孤児院に衣食住を負担してもらっているというのに、そんな我儘を言えるはずがない。
「叶わない夢を追いかけ続けるなんて、そんなみっともない真似はできません」
「……へぇ。お前、案外つまらない奴なんだな」
自嘲するように言った僕に対し、彼は本当につまらなさそうな調子でそうぼやく。……なにが『案外』なのかは分からないが、確かに僕はつまらない人間だ。




