【第二章・第二十九話】切れた唇
それは痛いほどに空気の澄み切った、眩しい冬の昼下がりのことだった。
いつもの部屋で商談をしていた僕達は、少し休憩しようと些細なお茶会を開いていた。紅茶を飲みつつ、手にした書物をじっと眺める。先程の薬品は、副作用が多いようだった。本来の効果と比べると、あまり良質なものではない。
頭の中で考えをまとめつつ、ティーカップから持ち替えて素早く羊皮紙に文字を走らせる。冬の空気と同様、澄み切った脳内が心地いい。とん、と無意識に筆先が紙を打つ。
休憩が終わったら気になる部分を共有して、もし二人にも気になる部分があるのなら、そこから合わせていこう。その後は騎士団の視察の予定だから、少し気になる箇所を重点的に……。
「あ……ねえ、コロクルム」
すっかり考え込んでしまっていたその時、不意に右隣から小さく声をかけられた。ハッとして隣を見ると、困ったような顔をしたドクトリナ様が自身の口元に触れる。
「口元、少し切れてるよ」
言われるがまま、ドクトリナ様の真似をするようにして口元を触ってみる。途端、確かにピリリと鋭い痛みが伝わり、思わず眉をひそめた。そのまま指先を確認すれば、案の定少量の血が滲んでいる。
冬の乾燥した空気のせいか、近頃の不摂生が祟ったか。言われるまで気が付かなかったが、どうやら唇を切ってしまっていたらしい。
「……本当ですね。気付きませんでした。ありがとうございます」
「ううん、気にしないで。それより、大丈夫かい? 痛そうだけど……」
「はい、問題ありませんが……サングイス。いいリップクリームを教えてくれませんか? 見ての通り、唇が切れてしまったのですが……」
懐から取り出したハンカチで指先を拭いつつ、後で保湿剤を塗ろうと決める。今までは適当に目についたリップクリームを使っていたが、これからはもう少し気をつけなければならない。出来れば、長持ちする無香料のものがいい。
サングイスなら、いいリップクリームを知っているだろうか。流れるように恋人の名前が頭に浮かび、そのまま前に目をやった、そのとき。
カラン、と軽い音と共に地面に茶色の液体が散った。彼女の靴の側、床に転がったティーカップを中心に、敷かれた絨毯がどんどん濃く湿っていく。




