【第二章・第二十六話】唯一の懸念
「わたくしは……俗に言う、ヴァンパイアの血を引いている……らしいのです」
しかし、口にした途端、非現実的さを改めて実感し、だんだんと尻すぼみになってしまう。嘘をついているわけではない。それでもいきなり神妙な面持ちで自分が吸血鬼だと告げられても、反応に困るだろう。もう少しいい伝え方があったかもしれない。
「ええ」
しかし、返ってきた簡潔な相槌に、なぜかわたくしの方が目を丸くする。
「ええ、って……それだけ、ですか?」
「サングイスは僕に嘘をつきません。それに、貴女が僕の喉を気にしていることには気付いていましたしね。……ですが」
コロクルム様は、涼しい顔をしてそう言ってのけた。それから少し好奇心の乗った白菫で、改めて興味深そうにわたくしを見る。
「ヴァンパイア、ですか……実在するとは思いませんでした。この間の体調不良は、もしかして血が必要だったからですか?」
淡々としたいつもの調子に、思わず拍子抜けしてしまう。憶測は間違っていない。間違ってはいないが、それにしても受け入れが早すぎやしないか。
「……はい、そういうことです」
淡い光の下、浅く呼吸を整える。もう抵抗はなかった。落ち着いた心音と凪いだ頭。言い訳ができない理性的な頭のまま、目の前の白菫を見据える。
「本来であれば、治療法はコロクルム様の喉元の血を摂取することでした。ですが……その、治療薬のようなものが、手に入りまして」
そう言って、彼の目の前で小瓶を小さく揺らしてみせる。これは、咄嗟に思いついた嘘だった。いくらなんでも、取られた覚えもない自分の血があるというのは不自然すぎるだろう。
「打ち明けてくれてありがとうございます、サングイス」
一切の曇りもない瞳と、嬉しそうに紅潮している頬。コロクルム様はまるであの夢のような……いや、それよりも優しい、穏やかな微笑を浮かべていた。
その温度に安堵しそうな自分を叱咤し、無理やり眉を寄せる。安心するのはまだ早い。ミラージュを信頼していないわけではないが、本当に効くかどうかはまだ分からないのだ。
_____本番は、ここからだった。
「この薬が、必ずしも効く保証はありません。だから、そのときは……」
服に忍び込ませている、今日のために新しく買った折畳式ナイフの重みを感じる。全部がおとぎ話の吸血鬼と同じだったのなら、まだ良かったのかもしれない。けれど、わたくしはコロクルム様の血がないと生きられないヴァンパイアだ。
太陽の光を浴びれば肌を刺すような痛みに襲われるようにはなったが、十字架が苦手というわけでも、人の皮膚を突き破れるほど歯が尖っているわけでもない。
そんなことが起こらないことを願うばかりだが、彼の首から血を飲むためには、必然的にこの手できちんと傷をつけなければならなかった。




