【第一章・第七話】魔力操作
「ティア。今朝の約束通り、魔力操作の訓練を始めようか」
「はい、お師匠様!」
お師匠様にそう声を掛けられ、わたしは店の裏口へ続く扉に手をかける。
ぐっと力を込めると、途端、わたしの目に飛び込んできた眩しい春の陽射しが、店の中へ暖かな光をもたらした。
四季の中で、わたしは春が一番好きだ。
ほんのりと紫がかった空に、霞のような雲が流れていく。冬眠を終えた生き物たちの命の息遣いと蠢きが、草地一面に広がっている。あらゆる木々の梢がそれぞれの新芽の色で朧気に彩られ、繊細な煌めきを放つ。
ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツの背後に位置するこの小さな森は、誰からも手入れもされずに荒れ果てていた土地をお師匠様が手入れし、出来る限り自然な環境を整えたものだ。
お師匠様曰く、ここは魔力修行や鍛錬にちょうどいいのだとか。
誰一人近寄らない場所だからこそ、森は完全なプライベート空間に近い。飲み水にも利用できるほど澄んだ川に、気付け薬にも使える果実が採れる木々、精神を研ぎ澄ますための岩場など、魅力的な場所は多い。
その中でもわたしが気に入っているのは、森の畔にある湖である。
「ティア、おいで」
一歩、外へ足を踏み出せば、どこからともなく春の息吹が漂う。温もりを帯びた風が、わたしの頬や髪をそっと撫でた。
「ティアは、魔力とはどのようなものか分かるか」
「人間にはないもの、ですよね? 人間は魔力を持たないから魔法を使えないのだと、文献に書いてありました」
「いや、魔力は全ての生き物に存在するんだ。ただ、人は短命種だから、魔力操作の方法が正確に受け継がれていないだけで、決して魔力を持っていないわけではない」
___その証に、ティアだって魔法を使えるだろう?
そう言葉を続けたお師匠様に、わたしは大きく頷いた。
確かにわたしは、魔法を使うことが出来る。てっきり、そういう『血筋』であるからだとわたしは思っていたのだが、実際は違ったようだ。
「つまり、わたしは魔力を操ることができている、ということですか?」
「ああ。だが、少しばかり調整が必要なようだ。いくら文献を読んでも、人間が書いたものではどこかで歪みが出てくる。だから、今日は魔力操作の練習をしよう」
「はい!」
“人間”。お師匠様は、よくこの言葉を口にする。
結局のところ、わたしはお師匠様が何者なのか知らないままなのだ。
けれど、そんな言い回しをするということは、きっとお師匠様は___。
「まずは、心臓から身体中に血が巡るのを想像してくれ。その巡るものを両手に……手に熱を集めるイメージだ」
「は、はい、頑張ってみます!」
心臓から、身体の隅々にまで。集まった熱を一部に寄せ集める感覚で____。
「…っ! お師匠様……!!」
「温かくなってきたか。なら、次はその温かさを丸くしてくれ。……ああ、そんな感じだ」
それからはお師匠様は、自分の魔力を固めて鞠状にして属性を持たせ、それができたら様々な属性を混ぜ、圧縮をしてみたり、それを消したりした。
「最初は、二つを目標としよう。圧縮は身体に負荷がかかるから、しなくていいぞ」
「はい!」
お師匠様から課題を与えられたわたしは、初めての魔力操作に真面目に取り組んだ。