【第二章・第二十話】深夜の密談
コロクルム様が曲がらずに綺麗なままでいてくれるから、わたくしもわたくしを見失わずに済んだ。自分を信じることができた。わたくしにとって、彼は灯台のような存在だった。
そんな唯一、美しくて強い光を、自分の欲で汚してしまうわけにはいかない。汚してしまうことが怖い。ぐずぐずと、こんな形にならない泥ばかりが胸を占めている。足を取られたって、そこから抜け出すことが正しいことなのかも、わたくしには分からなかった。
「もう、いいかしら。……絵に触ったのは謝るわ、ごめんなさい」
右手で額を抑えつつ、ふらふらと出口へ向かう。頭に血が上ったせいか、また視界が回り始めていた。分かっている。この問いに答えなど出るわけがない。ただ、わたくしはどうしようもなく、コロクルム様のことが大切だった。
「おい、待てよ! サングイス!」
わたくしを引き止める声に聞こえない振りをしながら、お兄様の部屋を出る。すると、遠くの方から微かな足音が響いてきているのが分かった。眉をひそめながら音の方を見つめていると、見知った顔が暗闇から現れる。
「あら、サングイスじゃない。こんな夜更けにどうしたの?」
「……お母様」
『母さんも父さんも、お前のこと心配してんだよ……!』
温かな眼差しでわたくしを見るその表情に、先程のお兄様の言葉が脳裏をよぎる。
この家族の中で、お母様だけがヴァンパイアの血を引いていない。そのことが良いことなのか悪いことなのかは分からないけれど、娘がその血筋であるせいで命を落としかけているということだけは事実だ。
お母様は、お父様から種族の話を聞いたときにどんな感情を抱いたのだろうか。いや、そんなことを考えていても意味はない。お母様がこうしてここにいるということは、そのすべてを受け入れたことの証明になるのだから。
「もし眠れないのなら、一緒にお喋りでもどう? 今なら温かい飲み物も付いてくるわよ」
楽しげな表情でそう話すお母様は、お父様とお兄様には内緒よ? と、軽く片目を瞑る。その一連の動作が、どこか心配の色が滲んでいるようにも見えたわたくしは、その提案に小さく頷いた。
「紅茶だと眠れなくなるから、ホットミルクね」
「……ありがとう、ございます」
お母様にお礼を言ってから、差し出された湯気が上るカップにそっと息を吹きかける。そのまま口をつけると、始めは薄甘いような味覚が舌の上に広がり、次に芳醇な香りが喉から鼻腔に抜けた。
「そういえば先日、リンテウス様からご招待されてお茶会に参加したの」
「リンテウス様、というと……確か、幼い頃から持病を抱えていて、社交界でも滅多にお見えにならないのではありませんでしたか?」
「ええ。どうやら、突然、症状が軽くなったみたいなの。快方に向かわれたようで何よりだわ。……ところで、そのお茶会でとあるお店を紹介してくださってね」
「とあるお店……最近、皇都にできた茶菓子店のことですか?」




