【第二章・第十五話】本当の自分
もう、タイムリミットが近い。
これからのこと、彼のこと、自分の欲と気持ちについて。考えなければならないことは全部散らばっていくのに、喉が渇いたとその言葉だけが中心に居座ったまま動いてくれない。既に、そこにしかピントが合わなくなっていた。
ずくずくと痛む頭に、数分前に見た夢がちらつく。偽の記憶、それでも焼きついて離れない赤は、白は、交錯してなによりもわたくしの気持ちを逆立てた。
穢れのない白菫。彼が、こちらを見て、笑っている。
所詮、わたくしの夢だ。夢に出てきたコロクルム様は本人じゃない。それでも、間違いなく彼は優しい方だった。最初から悪いものなど知らないような、そんな人。そう、彼はきっと知らない。わたくしの、あまりにも自分勝手で粘着質な欲について。
そんな彼になぜ、見せられるというのだろう。ぶつけられるというのだろう。どれだけ綺麗事で包んでも、わたくしは彼の血が飲みたいだけ、自分のためだけに行動しようとしていた。そんな自己本位的な感情をぶつけて、その後わたくしはコロクルム様に顔向けできるのか。
「……喉が、渇いた」
疑問は形を成さないまま、またその言葉だけを残してぼんやりとくすんでしまう。きちんと考えるためにも、とりあえず喉を潤わせなければ。生唾を飲み込む。目を開けて、ようやく一歩、廊下に踏み出す。
欲しいのは冷静な頭だった。焦っている、疲れている、喉が渇いている。もうずっと蝕まれてばかりでまともに視界が開けない。出来損ないの頭は夢の景色ばかりを反芻していた。最初は腕を切り付けるだけだった冬弥が、血の海に立つようになってからどれくらい経つだろう。
静かな水音。安らかな赤い水面に、彼が横たわっている。
あれだけおぞましい光景にも関わらず、この後に及んでどこかでやはりあのコロクルム様は綺麗だったと、そう思っている自分がいた。
「……ぅ」
途端、不気味に笑った自分がフラッシュバックする。先程思い描いていた美しい光景とは真逆の表情に、思わず口を塞いだ。胃が収縮しているのが分かる。歪んだ視界に吐き気が加速する。
夢の中の、恍惚さすら覚えていた自分が忘れられない。忘れてしまわなければ、捨てなければ、殺さなければならないのに。
夢の残り香に囚われたまま、それでもとにかく階段へ向かおうと。ぐらつく視界をそのままにまたのろのろと歩き始めた……そのとき。
不意に、チカリと視界の端が光る。
誘われるように隣を見れば、少し開いている扉が目に入った。明かりに白んだ隙間の中、濁ったような重い香りと共に飛び込んでくる、焦がれていた明度。
瞬間、吸い寄せられたようにぴたりと視界が定まった。代わりにそこから動けなくなる。その色から、目を離せなくなる。遠くで心臓が音を立てているのが分かる。気づけば、ごくりと自然に喉を鳴らしていた。逆らわず、そのままゆっくりと扉を開ける。




