【第一章・第六話】救う側と、救われる側
「心が崩壊寸前の者は、魔法にかかりやすい。だから、先程のようなお客様はかなり珍しいんだ。大抵は付き添いがいて、『どうしても救いたいから偽物でもいい』『この人が救われるならなんでもいい』と言って連れてくる。……そういうところなんだ、ここは。
偽物だとしても、その者にとって本物ならば、それはもう本物なのではないかと私は思う。それで、その者は救われるのなら」
救われたいと願って、救いたいと願って、その願いを叶えられる店があるなら、それを頼ることの何が悪い。誰も彼も関わる全員が納得しているのだから、外野からとやかく言われるつもりはない。
そう、言いたかったのだろうか。わたしが、今更とやかく言うような人間に、思われたのだろうか。外野だと、思われたのだろうか。
それは、少しばかり心外だ。わたし自身がどうしたいのか、答えはまだ出せなくとも、お師匠様の考えを否定するつもりはない。
そこまでして救いたいと思える……救う手助けをしたいと思えるのは、お師匠様がそれ相応の覚悟をしているからだ。手助けをする、ということは、つまりその人が本物と思っているものが偽物だと知っているということだ。
本人が本物だと思うのなら偽物でもいい、だなんて、心を壊すほどその人が欲したものが偽物だと知って、それを秘密にしているだなんて、そんな苦しい役目、進んで負いたいものではない。
それも、一人だけの秘密じゃない。店を続ける限り、何十人も、何百人もの秘密を背負うことになる。
前から薄々感じているように、もしかしたら、これがお師匠様なりの償いなのかもしれない。それでも、その選択は、並大抵の覚悟ではできないものだ。
ただ利益のためにこの店を開いているのであれば、さっさと道具を売って魔法をかけてしまえばいい。最初に、あのような問いかけをする必要なんてない。ただ金を稼ぐためならば、こんなに切ない瞳をするわけがない。
そう思い至って、叫び出したいような切なさを感じた。けれど、お師匠様に背負われる側のわたしには叫ぶ権利も慰める権利もない。
___お師匠様を、赦す権利もないのだ。
「……だから、ここは『心を守る道具屋』なのですね」
「その呼び方は、あまり好きではない」
「そうでしょうか? わたしは、とてもお似合いだと思いましたよ」
「……」
「お師匠様は……辛くは、ないのですか?」
「……私がこの店を辞める理由にはならないな」
その言葉は、もう辛いと言っているのと同じだ。ギリギリでなんとか立っている。そんなお師匠様の心の片鱗を、覗いたような気がした。
泣きそうだと思ったのは勘違いだったのかと思うほどの一瞬、お師匠様の瞳が潤んだように見えた。けれど、確認する前に瞬きによってそれは、もう次に現れたときにはいつもの色を浮かべていた。
お師匠様の優しさや気配りはあまりにも自然に寄越されるから気付かれにくいだけだ。まだ数回しか話したことはないが、お師匠様は救われるべき人間だと思う。
事情を知らない外野にこんなことを言われるのは嫌だとは思うけれど、それでもわたしはお師匠様にも救われてほしいと思う。わたしに、なにかできることがあるなら、手を貸したい。
……けれどきっと、お師匠様がその手を取ってくれることはないのだろう。