【第二章・第十話】彼の望みは
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。他のものもありますからね」
「では、それも後で食べます」
わたくしがスープを口に運んだのを確認し、コロクルム様はようやく果物の盛り合わせに手をつけ始めた。自分も口を動かしながら、気付かれぬようにこっそりとその横顔を盗み見る。
伏目がちな瞳。長いまつ毛と、透き通った綺麗な瞳。すっと通った鼻筋と白い肌、食べ物を迎えようと開く小さな口。それらを彩るように、耳にかかった艶のある髪がするりと落ちた。
綺麗で、そこはかとなく優しい方だと思う。少なくともわたくしは、ここまで汚れていない人間を他に知らない。だが、決して八方美人という意味ではない。彼だって本当に嫌なことは断るし、声だって荒げることもある。むしろ、真っ直ぐで頑固なところがあることもよく知っていた。
ただ、人であれば多少は見える濁りのようなものが、コロクルム様にはなぜか一切見えなかった。人の悪意に気付く方ではあるけれど、その悪意と自分とがあまり結びついていないような感覚があった。その気になれば自分だってその悪意を持って、誰かを唆すことができるのに。
たとえば目の前に困っている人がいたとして、彼は自分に出来ることがあるならば、惜しげもなくその全てを差し出してしまうだろう。半分にする、自分のために取っておくなんていう発想すらなく、黙っておけば自分が独り占めできるという足元の事実にも気づかないまま。
濁っていない。燻んでいない。わたくしの知る限り、コロクルム様はいつも真っ当な答えだけを持っていた。人に迎合する、もっと言えば諦めてきた部分がないようにも感じる。……だからこそ、躊躇ってしまう。
____この方はきっと、なにも知らない。
左手でぼんやりとお皿を持ちながら、改めて思う。考えてみれば、いつだってそうだ。頼んだわけじゃない。詳しいことはなにも知らないのはずなのに、不思議とコロクルム様はわたくしの望みを叶えてくれていた。
今回の件だって、コロクルム様はなにも知らない。聞きたいことは沢山あるだろうに、彼は核心に触れる質問はしなかった。
きっと、コロクルム様は分かっているのだろう。どれだけ答えにくい質問でも、彼に聞かれたらわたくしは答えるしかないことを。どうにもならない時は頼りにすると、彼には誓ってしまっている。そして今はまさに、どうにもならない状況だった。
簡単な話だ。手っ取り早く全てを暴きたいのなら、聞いてくれたらいい。どうして喉を見るんだ、なぜ物欲しそうな顔をしているんだ、と。
______けれど、コロクルム様はそれをしなかった。
理由は一つ。
彼は、わたくし自身の意思で話すことを望み、待ってくれているのだ。




