【第二章・第三話】師としての忠告
開けている窓から、月明かりが室内の様子を明るく照らし出す。机の上は乱雑としており、様々な材料が所狭しと並べられている。その中から、必要な材料だけ瓶から取り出し、一つずつ釜の中へと投げ込んでいく。
天紅鳥から落ちた一枚の羽と、柘榴を抽出して作った果実水を一杯、赤い薔薇の花弁を細かく刻んで砂糖水に漬けておいたものをひと掬い。それから、紅龍族の血液を一滴。
それらすべての材料が入った釜の中身を擂り潰していると、静かな暗がりの中で微かに響く小さな足音。特段、気に留めることもなく手を動かしていると、扉を叩くノックの音と共に、穏やかな声色が辺りを包んだ。
「お師匠様、まだお眠りにならないのですか?」
「……ティア。悪い、起こしてしまったみたいだな」
やはり、先程の騒ぎでティアの睡眠を妨害してしまったようだ。虹色に輝くいかにも怪しげな液体が詰められた瓶を、私は釜の中へと傾ける。少しの悪戯……ではなく、遊び心くらいは許されるだろう。
「いえ、たまたま目が覚めただけなのでご心配なく。それにしても、こんな時間に魔導具作りなんて珍しいですね。もしかして、お客様ですか?」
「ああ。おそらく、なにか特別な事情でもあるのだろう。仕方のないことだ」
ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツには、ありとあらゆる事情を抱えた者が訪れる。以前訪れたリンテウスという令嬢も、随分と厄介な病気を患っていた。月の光からの力を得られないと外に出られないなんて、なんとも面倒な症状だ。
「お師匠様も大変ですね……あの、お店の二階へ取りに行きたい本があるのですが、お客様の前に姿を現しても大丈夫でしょうか? もちろん、防音壁も張りますので」
「いや、止めておいた方が良いと思うぞ」
「……まさか、皇城の?」
一拍置いてからそう切り出したティアの声は、微塵も警戒の色を隠せていない。
彼女が慎重になってしまうのは、無理もないことだと思う。というより、きっとその選択が正しいのだろう。……まあ、それを懸念しなければならないのは、なにもティアだけのことではないが。
彼女の言葉に小さく頷くと、ティアの瞳の底に深い憂いの光を帯びる。
「直接勤めているわけではないが、頻繁に出入りする身分の者だ。警戒を怠らないに越したことはない」
おそらく、ティアは一部の人間にしか存在を知られていない。推測ではあるが、ほとんど正しいと見てもいいだろう。民衆だけではなく貴族や騎士団の間でもそういった噂はあまり聞かない。
「本なら、私が取ってこよう。ああ、それと……」
話している間に完成した釜の中の液体を冷まし、小瓶の中に詰めていく。鮮やかな赤色のそれを手に取り、店へと続く扉に手を掛けた。そういえば、ティアに言いそびれていたことがあったのだ。
「魔力暴走は、もう二度と起こさないように」




