【第二章・第一話】傲慢な客人
「さて、迷える客人よ。貴女の求める本物は、ここには存在しない。
_____それでも、貴女は救われたいと願うのか?」
「ええ、もちろんよ」
慎重にそう尋ねる私の言葉に対し、彼女は毅然とした態度で答えた。
その反応に、満足げな笑みを浮かべてしまうのを自覚する。頭の良い者は好ましい。僅かな言葉で趣旨や意図を理解できる者は、不要な説明で労力を浪費させられることがない。少なくとも、冷やかしでミラージュ・ドゥ・シュヴァルツに来ようとする者よりは遥かに良いだろう。
「名はなんという? もちろん、偽名でも構わない」
「サングイス。……姓まで名乗る必要はないわよね? マスター」
「ああ。貴殿をどう呼べばいいか分からなかったから聞いたまでだ」
ティアへ自分の名を名乗らなかったのは、呼ばせる名が思いつかなかったからだ。本当の名を知られるわけにもいかない。どうやら、私にはことごとく名付けのセンスがないようなのだ。だから、店に訪れる客人には自ら名乗ってもらうしかない。
疑い深くこちらを見つめていた彼女は、今では先程の私と同じような表情をしている。
「ふーん……随分と融通の効く店なのね」
「顧客の情報を守るのも私の役目だからな。……では、本題に入ろうか。貴殿はどうしてこの店へ?」
「欲しいものがあるの。けれど、マスターに用意できるはずがないわ」
どこか嘲るような声色のまま、そう話す彼女。……どうやら、先程の私の考えは少し浅はかだったようだ。確かに、頭の良い者は好ましい。だが、傲慢な者は嫌いだ。どうしてもあの男を彷彿とさせる、というのも余計に相まって。
「そうか。なら、夜道には気をつけて帰ってくれ。もうとっくに日は暮れてしまっているからな」
「……え?」
「私には用意できないと断言できるのだろう? なら、貴殿がこれ以上この店へ留まる必要はないはずだが」
どうせ叶えられないだろうという願いを、なぜ私のもとへ持ってくるのだろうか。既に本人が諦めの言葉を吐いているというのに、それでもこの店を訪れるのは僅かな希望を捨てきれていないからだということは分かる。だが、そんな態度を取られるとなると、こちらのやる気も下がるというものだ。
「ま、待ちなさい! ほら、大切なお客様を逃すと店の経営も続けられないでしょう? 通常の店の価格よりもお金を多く支払ってあげてもいいのよ?」
「残念ながら、ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツは客人へ対価を要求したことはない。金などさして必要でもないからな。この世のすべてが金によって価値が決まると思っていれば、痛い目を見るぞ。……それに」
「な、なによ!?」
「……現に、貴殿が望むものはどれだけ金を積んでも手に入らない。そうだろう?」
「……っ!」
驚いたように目を見張った彼女は、その顔を瞬時に怯えた表情へと変える。
___そう、すべてを見透かされているかもしれないという恐怖に怯える者の顔だ。




