【第一章・第五十四話】二人を繋ぐ信頼の証
「お師匠様が以前、血を見ると落ち着くと言っていたのを思い出したんです。代わり、というわけにはいかないと思うのですが……」
わたしの言葉に返事をするわけでもなく、お師匠様はただただ驚いた表情で組紐を見つめている。
「別に、自傷をやめてほしいという意味ではなくて……いえ、しない方がいいということは分かっています。ですが、切っているときのお師匠様は苦しそうで、心が落ち着くように、なにかわたしにできることはないかと、考えて」
「……」
「無理をしたつもりはないんです。ただ、お師匠様を驚かせてみたくて、喜んでもらいたくて。……ですが、結果的に困らせてしまいましたね」
「……そう、か」
申し訳なさに思わず俯けば、ふとわたしの肩に手が置かれる。顔を上げると、そこには柔らかい笑みを湛えるお師匠様がいた。ありがとう、と言葉を紡ぐお師匠様は、穏やかな雰囲気を纏っている。
「実は、少し嬉しかったんだ。ティアが自分から進んでなにかをしたいと言うことが、今まであまりなかったからな。この組紐、自分で考えて、やろうと思って行動に起こしてくれたのだろう?」
ティアがここに来たばかりの頃よりも成長している、と褒められて、だんだんと顔が火照ってくる。思わず口元が緩んでしまうが、お師匠様もその優しげな瞳を細めて微笑んでくれた。
「異国ではミサンガとも呼ばれているようで、切れると願いが叶うのだと書物に書いてありました。だから、お師匠様が穏やかな日々を過ごせますように、と。自分で切ってはいけないようですが」
「ああ、分かった」
お師匠様の手首に揺れる組紐に触れ、わたしの手で包み込むようにその手を握る。すると、お師匠様もこちらの手を微かに握り返してくれた。しばらくそうしていると、お師匠様の瞳が、ふとわたしの背後を見据える。
「その組紐は?」
尋ねられて振り返ると、視線の先にあったのは、製作の過程で失敗してしまった方の組紐だった。今お師匠様が付けている組紐の方が綺麗にできて、興奮のあまり放置してしまっていたことを今更ながら思い出す。
「もともと、あれを最初に作っていたんです。ですが、思いの外難しく、失敗してしまって……お師匠様?」
お師匠様はもう一つの歪な形をした組紐を手に取り、わたしの左手の手首にするりとそれを結んだ。優しい手つきでこちらの手の甲を撫でる。
「これでお揃いだな。本当にありがとう、ティア」
「いえ……こちらこそありがとうございます、お師匠様」
並べた二つの手首を彩る朱殷色の組紐は、わたしとお師匠様を結ぶ、確かな信頼の証だった。
「ああ、そうだ。わたしもティアの組紐になにか願いを込めた方がいいだろう」
「なにか願ってくださるのですか? ふふっ、お師匠様の願いなんて光栄___、」
「___親愛なる我が友よ、我の願いを聞き届け、この者に祝福を与え給え。悪意を退ける勇気を、苦難を乗り越える忍耐を、目標を掲げる気高さを、我が愛しき家族へ」
「え……あ、あの、お師匠様? これはいったい……ひゃっ!」
刹那、組紐から目が眩むほどの目映い光がわたしの部屋を埋め尽くした。




