【第一章・第五十一話】暗い朱色の組紐
あの体調不良は、やはりティアの言う通りただの疲れだったのだろう。丸一日休めば熱は下がって、身体もすっかり楽になったようだ。体調に引っ張られて気分までも落ち込んだらどうしようかと思ったが、そんなこともなく、心持ちも上向きのままでいられている。
私にあんな風に言われてしまったので、夜に隠れて作業をするのはやめたらしい。夜更かしをしてまでなにかしていたことは私に露呈してしまっているのだし、もうあんな時間に作業をする意味もないだろうと考えたのだろう。
だからといって、作っているものまで見せびらかす気は起きなかったようで、作業をするから部屋には来ないでくれと言われ、今日も扉を閉めて、作業をしている。
以前は居間から私が追い出してしまうことも度々あったのだが、今度は自分が追い出される側というのが、なんだか滑稽に思えてくる。だが、互いが互いのわがままのために自分の意見を言い合えるようになったのは、『成長』と捉えられなくもないような気がした。
「お師匠様……!」
ばたんっ! という大きな音と共に、今日もまた自室に閉じこもっていたティアが勢いよく扉を開けて、店の中へと飛び込んでくる。珈琲を飲みながら魔導具を作っていた私は、その衝動のまま弾んだ声で自身を呼ぶ声に後ろを振り返った。
「もしよろしければ、わたしの部屋へ来ていただけませんか?」
「ああ、構わないぞ。というより、もう入っても大丈夫なのか?」
ティアが首を縦に振るのを確認すると、私は彼女に招かれるままに部屋へ足を踏み入れた。部屋の内装は、私が以前訪れたときと比べてあまり変わっていない。
「どうぞ、こちらの椅子に。少しの間、目を瞑っていて下さい」
言われるがままに椅子へ腰掛け、そのまま目を閉じる。
まるでエスコートでもするかのように、左手を掬い取られる。着ていた服の袖を捲られ、その前腕に糸が巻き付くような感覚を覚えた。なにかを調節しているのだろうか、少しそれが擦れるような動きがある。それが止まると、ティアの小さく息をつく声が聞こえた。
「出来ましたよ、お師匠様。目を開けて下さい」
そう言葉に導かれるままに、ゆっくりと瞼を持ち上げる。揺れる白銀の睫毛越しに、私の柘榴の瞳がそれを捉えた。
手首に巻かれている朱殷色の組紐を、私はじっくりと見つめる。
時間がたった血のような暗い朱色の紐は、赤くみみず腫れのようになった腕の中でも一際、異彩な輝きを放っていた。




