【第一章・四十九話】朱殷色の刺繍糸
「衣服を作るのなら、布も必要ではないのか?」
この前買ったあのネコのぬいぐるみを思い返しながら、ついに着せ替えまで始めるのかと私は苦笑する。
「あっ、いえ、布は大丈夫です」
慌てたように返されて、どうしたのかと眉根を寄せれば、ティアはまた焦ったように、今はいいんです、と言った。単体で使うのならリボンの方がいいのではないかと尋ねると、糸がいいのだと食い下がられた。
なにか、隠されているのは分かる。だが、私としては、ティアがなにかしたがっているのなら自由にしてあげたいと思うし、今は黙って言うことを聞いておく方が良いだろう。
「では、今から出かけようか。実は、皇城の傍にある良い店を知っているんだ」
「……皇都の方に、ですか?」
どこか怪訝そうな、気遣っているようにも見える表情。……少し、無神経だったかもしれない。最近のティアはフォルトゥナまで出かけているようだから大丈夫だろうとは思っていたが、やはり皇城付近まで行くのは段階を飛ばしすぎてしまったか。
「悪い、さすがにまだ皇城の近くは無理か……」
「い、いえ、わたしは大丈夫だと思うのですが……その、お師匠様は大丈夫なのでしょうか?」
「……ああ、そういうことか。心配をかけたようだな、私は問題ない」
「本当、なのですか?」
「ふふっ、大丈夫だ。ティアからの頼みなど、滅多にないからな。そのくらいはさせてくれ。ほら、クルミになにか作ってやるのだろう?」
「は、はい! そうですね、頑張ります」
その拙い嘘に思わず笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、ティアと共に店を出た。例の裁縫店にて、物珍しいものが多いのか、好奇心を隠しきれない瞳で店内を見渡すティアからは、年相応の無邪気さが感じられた。
様々な種類の糸を前にあまり悩む素振りを見せないティアへ、もう決まったのかと尋ねると、彼女は朱殷色に染められた一束の刺繍糸を手に大きく頷いた。購入した刺繍糸を渡してやると、よっぽど嬉しかったのか、ティアはその月白の瞳を煌めかせていた。
だが、ティアが糸を持っているのを見たのはそれ以来で、その後はなにか作るところを見せてくれることもなく、三日を過ぎてもネコのぬいぐるみに変化があったわけでもない。そもそも針を使うという話すら聞いていない気がする。
一体なにをしようとしているのだろうかと、クルミはどうだ、なんて様子を聞いてみれば、ぎこちない態度でまだ途中で、なんて返されて。あまり口を挟まない方がいいのではないかと、私はそれ以上追求することを止めた。




