【第一章・第四十七話】彼女の欲しいもの
___欲しいものができました、と。
おそるおそるティアからそう切り出されたときは、思わず頬が緩んだ。
珍しくそんなことを言われたから、久しぶりにいつもよりも少し皇都の近くまで外出してみてもいいかもしれないと思った。以前出かけたときに日用品は買い足したし、特に切羽詰まって必要なものはなかったはずだが。
数日前の出来事を思い出し、これはティアへの誕生日プレゼントのことを言っているのだと察した。なにが欲しいんだと尋ねると、ティアはどこか気恥ずかしそうな様子でおずおずと口を開く。
「糸が欲しいんです」
「……糸?」
それを欲しがる意味も理由もまったく想像がつかなくて、私は首を傾げた。そんな反応を見てか、ティアは慌てて言葉を紡ぎ出す。
「ええと、その……そう、クルミに、なにか作ってみたくて」
「ああ、クルミか……」
買い物の帰り道を、二人で歩いていた。私が先を歩き、それに隠れるようにして小走りでティアがついてくる。
三月も半分を過ぎた。だんだん通い続けていれば少しずつ余裕も出てきたのか、初めの頃は震えてばかりだったティアも、少し周りを見ながら歩けるくらいにはなっていた。
ふと、後ろから聞こえていた足音が止んだ。それを不思議に思って、私は足を止める。どうしたのだろうかと振り返れば、ティアがすぐ隣の店の出窓を見つめながら立ち止まっていた。
なにか気になるものでもあったのかと、ティアの視線を辿れば、そこにあったのはぬいぐるみ。出窓に飾られるだけあって少し大きいが、値札がついているから売り物なのだろう。
どこか暗めな雰囲気を宿すそれは、あまり子供が喜びそうな色合いではない。そもそもなんの動物なのだろうか。黒いリボンのついた首は少し項垂れていて、いまいち顔が分かりにくい。耳が形からして、おそらくネコだと思うのだが……。
「欲しいのか?」
立ち止まるくらい、ティアがなにかに興味を示すなんて珍しい。今はどうなのか分からないが、少なくとも、この頃のティアはそうだった。尋ねると、彼女は少しだけ目を逸らす。
「いえ……別に、そういうわけでは……」
そうは言うもののなんだか歯切れの悪い態度に、遠慮でもしているのかと私は息をついた。それを聞いたティアの肩が少し跳ねる。
「すみま___」
「___買ってくる。少しだけ待っていてくれ」
私はそう言うと、彼女の返事も聞かずに店のドアを開けた。
店内にはあまり客はおらず、窓辺に行けば先程のぬいぐるみが座り込んでいた。周りに似たようなぬいぐるみはなく、それは一点ものであるということが窺える。近くにいた店員にそのぬいぐるみが欲しいと伝えれば、店員は大丈夫ですよと会計してくれた。プレゼント用かと聞かれて、はいと返す。
包装してもらったそれを持って店を出ると、私はティアの手を引いて歩き出した。家に着くなり、上着を脱ぐこともせず居間に座り込めば、もう立ち上がる力は湧いてこない。少し休もうと机に伏しながら、ちらりと横目で玄関口を眺める。
置いてある大きめの袋。改めて見ると、こんな大きさのものを持って歩いていたのかと驚くくらいだ。どうりで店を出てからやけに視線が集まると思った。そのせいで余計疲れたというのに。
「お師匠様、その、開けてもいいでしょうか?」
「ああ。ティアのために買ったものだ、好きにしてくれ」
その言葉にティアは意気揚々と袋を開け、ぬいぐるみを取り出した。値札を切りたいと言うので、自室の棚にしまっているナイフを出して貸してやる。切ったのを確認してそれを手早くしまうと、私はずるずるとソファの上に寝転んだ。
そのままティアがぬいぐるみを回しながら眺めているのを見つつ、うとうととしていると、その後、私は意識を飛ばした。




