【第一章・第四十六話】無欲な彼女
そうして出来上がったカボナータを器によそい、ティアが今朝に買ってきていたバゲットと一緒に食卓へ持っていく。いつもの位置にそれぞれ腰を下ろせば、昨日の深夜の出来事の空気を引き摺った気まずさがその場に満ちた。
「……なあ、ティア」
私がぽつりと言葉を落とすと、ティアは俯きがちだった顔を僅かに上げて、こちらを見る。
「なにか……欲しいもの、はないか?」
そう言ってしまってから、脈略のない聞き方をしてしまったなと思った。
今からちょうど数日後は、ティアの誕生日なのだ。こちらがサプライズで祝っても構わないのだが、誕生日がトリガーになってあのトラウマを思い出すようなことがあってならない。
先に確認を取ることしたまでは良かったのだけど。どうも上手い切り出し方がわからなくて、結局遠回しな聞き方をしてしまった。ティアは拍子抜けというような表情を浮かべている。どうやら、質問の意図が分からないようだった。
「もうすぐ、誕生日だろう?」
言えば、彼女は目を丸くした。誕生日、と小さく呟いて、こちらの顔を見たり、目を逸らしたりと、そわそわした様子で口をはくはくさせている。その言葉の先を黙って待っていれば、ティアはまたこちらの顔を見ておずおずと口を開いた。
「……お祝いして、くださるのですか?」
「ああ、そのつもりで聞いているのだが……」
今度は、ティアの瞳から小さな雫が落ちていく。思わず、え、と声が出た。
「すみ、ません。とっても、嬉しくて」
先程までの強張った表情はなんだったのかというくらい、綻んだ笑顔で彼女は笑う。そんな顔をさせてしまっていた原因は自分なのだが、今は後悔に引きずられるときじゃない。
「確認だが、嫌ではないのか?その、生まれた日を祝われるというのは」
「嫌なわけありません! ……お師匠様がわたしの誕生日を祝ってくれるなんて、なんだか夢みたいです」
言うことがいちいち大袈裟だなと思いつつも、そんなに嬉しそうな顔をされては嫌な気分になるはずがない。つられるように微笑を浮かべながら、私はもう一度尋ねた。
「話は戻るが、欲しいものはあるか?」
お金は充分すぎるほど持っているので、どれほど高価なものでも問題はない。アクセサリーや洋服、それともティアの好きな本だろうか。そう考える私だったが、彼女はゆったりと小さく首を横に振り、ふわりと微笑む。
「お師匠様から頂けるものなら、なんでも嬉しいです」
想定はしていたその答えに、私は苦笑する。それを困っていると勘違いしたのか、ティアは慌てたようにまた口を開いた。
「正直なことを言うと……その、自分が欲しいものがあまり分からなくて。わたしは、お師匠様とこうして過ごせているだけで充分ですから」
そんなところだろうとは思っていたので、それに対して特別なにか感想は抱かなかったが、こういうのもティアらしいな、と思えるようになってきている自分がいる。
「では、なにか希望ができたら言ってくれ。そうだな、皇城付近でなにかをしたいということなら難しいが……出来るだけ、検討しよう」
欲しい物は早めに言ってくれ、と付け足せば、ティアはにこにこしながら頷いた。話している間に何分経ったのか、カボナータは冷めてしまっていたが、もともと冷やして食べても美味しい料理だ。あまり問題はないだろう。いただきますと手を合わせれば、ティアもそれに続いて手を合わせた。




