【第一章・第四十五話】変わったこと
三日間ずっと引き籠もっていた寝室から、疲れた様子で出て来た私の姿を見るなり、ティアは気まずそうに目を逸らした。なにか言いたげではあるが、勝手に私の部屋を覗いたため、叱られることを危惧しているのだろう。
「待っていてくれ、夕食を作ってくる」
声を掛けてはこない彼女にそう告げてキッチンへと向かえば、後ろから小さく、わたしもお手伝いします、という返事が聞こえてきた。
「なにか食べたいものはあるか?」
私が随分と長い間寝込んでいたので、生憎と食材はあまりない。普段は裏庭から収穫した野菜を入れている籠の中を物色しながら尋ねれば、ティアは遠慮がちに口を開いた。
「では、カボナータが食べたいです」
「ふむ、カボナータか……大方材料は揃っているが、バジルが少し足りないな。ティア、庭から二枚ほど摘んできてくれないか?」
「ええと……バジル、ですか?」
「ああ、レモンの木の隣に生えているんだ。奥の方で見えづらいと思うが……分かるか?」
「……! はい!」
パッと顔を輝かせながら、バタバタと庭へ走っていくティア。あの様子だと、おそらくなんの植物か気になっていたのだろう。今までそんな素振りを見せたことはなかったが……もしかすると、私がいない間に森の探索でもしていたのだろうか。
私は目の前の籠からズッキーニやトマト、パプリカ、セロリを取り出した。それぞれを水で洗った後に、ナイフで食べやすい大きさに切る。弱火で熱したオリーブオイルとガーリックの入った鍋へ具材を一つずつ炒めていき、それから蓋をして数分間煮る。ここから、形が残る程度に野菜を柔らかくしていくのだ。
カボナータとは、アストノズヴォルド皇国発祥の煮込み料理のことだ。白ワインビネガーで軽く煮込むことで、甘酸っぱくも濃厚な味わいに仕上がる。私が作るカポナータのレシピは野菜のみだが、魚や鶏の肉などを入れる家庭もあるそうだ。
もうもうと湯気を立てる鍋を見つめながら、私は軽くため息をつく。今回の件に関して、ティアはなにも悪くない。あの子くらいの年頃であれば、好奇心に負けてしまうようなこともさして珍しくはないのだろう。
まるで叱られるのを待っているかのような先程のティアの表情を思い出す。もともと非があるのはこちらの方なのに、なぜ私が彼女へ怒りを向けなければならないのだろう。怒る気など、私は微塵もないというのに。
鍋の蓋を開け、様々な調味料を入れてさらに煮込んでいく。ティアはまだ飲酒できる年齢ではないため、充分にアルコールを飛ばす必要があるのだ。今思えば、彼女と暮らすようになってから、変わったことがたくさんある。
変化は私が一番嫌うものなのにも関わらず、ティアのためだと思うとそれほど苦だと感じなかった。それくらい、彼女の傍にいるのは心地よかった。
カボナータだって、しっかりと煮込んだ方が美味しいなんて、こうしてティアに料理を作るようになってから初めて知ったことだ。
「お師匠様、ただいま戻りました」
「おかえり、ティア。ちょうど良かった、鍋の中にバジルを小さくちぎって入れてくれないか?」
三日間、自室に籠もりきりだった私を心配して苦手な料理までしてくれた優しい彼女の笑顔を愛おしく思うのも、きっと変わったことの中の一つなのだろう。




