【第一章・第四十四話】お師匠様のために
____今日こそは、絶対に。
固形物はできるだけ避けて、なるべく食べやすいように。わたしは温かい食事が入った皿を持って、固く閉ざされたお師匠様の寝室の前に立った。
二日前に閉ざされてしまってから、わたしでさえも開けることを禁じられた扉。部屋の中でどんなに騒がしい物音や声が聞こえてきたとしても、お師匠様自身になにかを言われたとしても、絶対に自分から入ってくるなと見たこともないほど真剣な表情でそう言われてから随分と経った。
もうすぐ時計の針は午前の十二時を刺そうとしているから、約三日だろうか。そんなにも長い間、わたしが心から尊敬する優しい師は姿を見せようともしなかった。
風邪を引いたから、絶対に入ってくるな、と。
「料理を作り置きしておいたから」とか、「なにか用事があるのなら、机の上にお金を置いておいた」とか、矢継ぎ早にそんなことを伝えてきたと思えば、少し熱っぽい顔のままお師匠様は寝室に篭ってしまった。
部屋になにかを持ち込んだようには見えなかったため、「お食事やお水はいらないのでしょうか」と、「わたしになにか出来ることはありませんか」と尋ねても、来ないでくれと突き放されるばかりだ。おかげで、同居人のわたしはお師匠様へ世話の一つも碌に出来ていない。
正直に言ってしまえば、すごく、すごく寂しい。寂しくて仕方がない。今まで受けてきた数え切れないほどの恩を少しでも返したいと思うのに、風邪で苦しむお師匠様になにもしてさしあげられない無力な自分が、酷く情けない。
だから、今日こそはお師匠様の世話を自分がしてあげるんだと意気込んで、多少の不安はあるもののお師匠様のためならばと市場での買い出しを済ませ、帰りに偶然会ったススピーリウムの店主から料理本を借りてきたのだ。
お師匠様が風邪を患っているのだと話すと、少し疑惑の表情を浮かべながらもお師匠様の身を案じていた宵闇は、自分にもなにか出来ることはないかと尋ねてきた。ならば、食事どころか充分な水分すらも摂れていないであろうお師匠様へなにか栄養のあるものを作ろうと考え、少しの間借りることはできないかと頼んだのだ。
今度こそ右手を取られるのではないかと思ったが、お師匠様のためならと無償で本棚から抜き取ったその本を差し出してくれたのだ。今回の件に関しては、本当に彼には頭が上がらない。
わたしはお師匠様のすべてを理解できているわけではないが、自らの師が病に罹っているときの面倒を見るのは、他ならぬ弟子……いや、家族の務めのはずだ。
風すら通さないほどにピタリと閉じられた扉を、必死の形相で「言いつけは守れ」とどこか縋るような声で言ってきた、紛れもないお師匠様のために。
「ふう……」
慎重に、一つ深呼吸をする。
それからわたしは、ノックを三回して、頑丈に閉じられた扉を開けた。
「……え」




