【第一章・第四十一話】二人の楽園
「まあ、それはともかく。ルージュ、申し訳ないのだけれど、陛下への報告を頼めるかい? あと、フィノファールも使っていいから、この場の後始末もお願いするよ」
「はぁ……仕方がないな、今回だけだぞ」
呆れたように大きなため息をついたルージュ様は、やれやれといった様子で肩を竦める。彼の言動や振る舞いからか、最初はどこか堅実で生真面目な印象を抱いていたのだが、今のルージュ様はどうやらそのようには見えない。ドクトリナ様がいるからだろうか。
どちらにしても、皇国四大騎士団の団長達にはわたしには計り知れぬ関係性があるのだろう。赤の他人であるわたしが、勝手に推し量っていいものではない。ありもしない、根拠のない噂を立てられる不快さは、わたしもよく分かっている。
「珍しいね〜、ドクトリナが人に頼み事なんて。この後、なにか予定でもあるの?」
「ふふっ、もちろん。せっかくの機会だ、例の魔導具店へこの子に連れて行ってもらおうと思ってね」
つまり、ドクトリナ様は、お師匠様のもとへわたしを案内させようとしているのか。……ならば、わたしはなんとしてでも彼を止めなければならない。
『……私がこの店を辞める理由にはならないな』
亜麻色のお客様がお師匠様を訪ねてきた、あの日のことを思い出す。
お客様が救われたいと願って、お師匠様が救いたいと願って、両者のその願いを叶えられる店……それが、ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツだ。
人々が持つ好奇心というものは、そう簡単に消すことのできるものではない。だが、あの店だけは駄目だ。暗闇の中を永遠に彷徨い続け、絶対に差し込むはずのなかった希望の光をわたしに届けてくれた、恩人。
先程、ススピーリウムを訪れた際に、あの店主へ自慢気にわたしのことを紹介してくれたお師匠様。『大切な家族』だと優しく微笑んでくれたお師匠様。
そんなお師匠様がたくさんの人々の心を守り続けている『心を守る魔導具店』へ、彼に敷居を跨がらせてもいいのだろうか。
___いや、それは駄目だ。
ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツは、誰からも侵されてはならない場所だ。
わたしだけがお師匠様から店に住むことを許された、唯一の人間。
お師匠様とわたしだけの空間を邪魔されるわけにはいかないのだ。
「申し訳ありませんが、ドクトリナ・プルデンス様をお招きすることはできません」
「……なぜなのか、聞いても?」
「ミラージュ・ドゥ・シュヴァルツは、『心を守る魔導具店』です。それ以外に、理由などございません」
毅然とした態度でキッパリとそう言い放ったわたしに、ドクトリナ様は目を丸くする。だが、その瞳をすぐに嬉しそうにくしゃりと歪ませてみせた。
___まるで、子の成長を喜ぶ親のように。




