【第一章・第十一話】お師匠様の記憶
「お師匠様の、記憶……?」
「ああ、記憶の中の私と入れ替わっていただろう。目覚めるまで、随分と魘されている様子だったが……辛いものを、見せてしまったな」
つまり、あの『空白』や『幼い少女』、『皇子様』や『暗闇』でさえも、お師匠様の過去だということか。あの夢のような空間にいたのはわたしではなく、『お師匠様』が見ている景色をわたしが覗いていた、と。
もしかすると、あれが、お師匠様がミラージュ・ドゥ・シュヴァルツを開く理由となったものなのかもしれない。なにか守りたいものがあって、もしくはあったのに守れなかった。あんなにも苦しくて、絶望に飲み込まれてしまいそうなものに、お師匠様はずっと耐えてきたのだろうか。
本人でさえも、『辛いもの』と言ってしまうほどのものに。
「最初、幼いお師匠様が出てきたんです。わたしのことをティアと呼んで、とても素敵な絵を見せてくれて……けれど、なんだかお師匠様ではないみたいで」
「それは恐らく、私の姉だろうな。今はもう他界しているが、幼少期はよく似ていると言われたものだ。……その後は、なにもなかったのか」
どこか懐かしそうに目を細めるお師匠様は、柔らかな表情を浮かべている。肩までしかない白銀の髪に、お師匠様と同じ色の瞳、わたくしという一人称。
今思うと、確かにお師匠様ではない。けれど、お師匠様のお姉様ということならば……どうりで、あれほど似ているはずだ。
「次は、深紅の騎士服のようなものを着て、綺麗な庭園の中にいました。彩り豊かな様々な種類の薔薇が咲き誇っていて、とても美しかったのですよ? ふふっ、あんなにも立派な薔薇園は、滅多にお目にかかれませんからね」
「薔薇園、というと……殿下の庭園だな。開花時期になると皇城内に限らず、フォルトゥナ地区の薔薇まで満開になるんだ」
お師匠様によると、皇城の皇子の部屋から望めるという庭園が、わたしの見た薔薇園だったらしい。薔薇の香りで満ちた城下町は、さぞ華やかなことだろう。例年よりも一段と綺麗に咲いた年は、長く楽しみたいからと少しだけ開花期間を伸ばす魔法をかけることもあるらしい。
「わたしも庭園の中で殿下とお会いしましたよ。藍色の髪に銀の瞳、純白のタキシードがとても似合っておられました」
「ああ、それは、私が皇子の護衛を任命されたときの記憶だろうな」
「え……お師匠様、皇城で働いていたことがあるんですか!?」
そんな人物の護衛を任されるほどの実力を持つお師匠様は、本当に何者なのだろうか。あまり良い思い出はないからか、わたしは皇族が好きではないのだが、あんなにも優しげな視線を向けられるほど、親しい関係であったのか。




