【第二章・第四十五話】孤児院との別れ
「おめでとう。ようやく、自分の為したいことを見つけたのですね」
普段と変わらぬ笑みを讃えながら、シスター・アンゲルスはそう言った。
来週から皇国ウィンクルム医療騎士団での仕事が始まり、僕は孤児院を出ることになった。安定した収入が保証された勤め先が決まった孤児は、もとよりここを去る規則だ。無理やり追放されるわけではないが、不便なことも多いこの施設にわざわざ残る者も少ない。
とはいえ、皇城での寮生活に慣れれば、僕も孤児院に顔を出すつもりだ。特別仲の良い友人がいなかったとはいえ、シスター達には本当にお世話になった。僕のような孤児が幸せな生活を送れるように、少しの寄付くらいはさせてもらおうと思う。
「……少し、寂しくなりますね」
「どうでしょう。僕一人いなくなったところで賑やかさは変わらないと思いますよ」
「いえ、そうではなくて」
言うことを聞かない子供を宥めるかのように、シスター・アンゲルスは困り眉のまま微笑む。
「いつもあの木陰で読書をしていたあなたの姿が見えなくなるのは少し惜しいな、と」
「……そうですか」
別れを惜しむことには慣れていない。そもそも、人との縁が切れることすら気にしたことはなかった。だからこそ、少し照れくさいような不思議な感覚だ。
誰かを想うこと。誰かに想われること。
それらが、必ずしも当たり前だと保証されたものではないこと。
それを教えてくれたのは、たしか__。
「コロクロム様ーー!!!」
振り向くと、そこには焦がれに焦がれた彼女がいた。
皇城での任命式以来、色々と慌ただしいことばかりで話せていない。孤児院から寮へ引っ越すにあたって運搬を手伝ってくれるという手紙をくれたくらいだ。馬車は皇城が貸してくれるようで、移動もそれほど時間はかからない。
「本当に表情が柔らかくなりましたね。……恋をすれば、人は変わるのかしら?」
「……シスター・アンゲルス」
「あら、ごめんなさい。野暮でしたね」
珍しく茶目っ気のあることを言っている。見透かされた恥ずかしさで軽く非難の声を上げると、ちっとも反省していなさそうな声色で形ばかりの謝罪をされた。
「さて、そろそろ本当にお別れですね。早く彼女のところへ行ってらっしゃい」
「……本当に、ありがとうございました」
「こちらからすると、ただの務めですよ。すべては、自由の神・リベルタス様のお導きです」
「そう、ですね」
そう言うと、彼女は驚いたように目を見張った。神の存在を肯定するような僕の発言が珍しかったのだろう。それを理解した上で、にこりと笑いかけてみせた。
「シスター・アンゲルスにも彼女にも出会えたのなら、神の導きとやらも悪くはないですね」




