義姉は無茶もしがちだ
「ミシェル」
私は今、怒っている。それが伝わるように、気持ちを込めて義姉の名を呼んだ。
「ベネディクト」
義姉も怒られることを察したのか、神妙な面持ちで私の名前を呼び返した。
「この半年間、なにやら熱心に活動しているのは知っていますが、危ない真似はダメです!」
「そんな、危ないと言うほどでも……」
ここは、学園の旧校舎ダンジョンだ。
王子たちが4人掛かりで攻略しているダンジョンの最下層だぞ!
危ないにきまってる。
「安全ではないでしょう?」
「ベネディクト、危なくはないんですよ。幽玄が捕縛した上層の魔物を撒いているだけなんですから」
ミシェルは困ったようにおずおずと答えるが、その答えがまた気にくわない。
幽玄とは、鉢合わせした時に私にマヒ魔法をかけて無力化しようとした黒ローブのことだろう。
かなり強い。
たしか、「幽玄」は神聖国の魔術師の敬称の一つで、かの国では混沌、深淵に継ぐ強さを誇る魔術師だ。神官より強く、特殊任務ばかりについているはずだ。
混沌、深淵は滅多に生まれないハズだから、恐らくこいつが当代の神聖国最強魔術師だろう。
特殊なローブらしく、顔まで隠していてもこちらが見えているようだ。
ミシェルもお揃いのローブで顔まで隠していたので間違えて攻撃するところだった。
危ないどころの騒ぎではない。
「幽玄とは、この黒ローブですか? こいつとダンジョンで何をしているのですか??」
「ミッチー、こやつはもうダメじゃ。諦めて仲間に取り込んだ方がマシじゃって」
幽玄は女性の声だった。最近はやりのダンジョンデートって訳じゃなさそうだ。
「ベネディクトは、ここまで一人で来たんですよね?」
ミシェルは思案顔だ。
この場を切り抜ける方法でも考えているんだろう。
「ああ。王子たちの茶番に付き合わされるのはうんざりだから、さっさと片付けてしまおうかと思ってね」
「なんと! そなた、今までチマチマ撒いてきたのも倒してしもうたんか?」
幽玄とやらが頭を抱えているので、察した事実を元になんとなく慰めてしまった。
ミシェルの友人なら、好感度を上げておいた方が今後のためだ。
「いや、弱いのは、ほっといてるから、ある程度は残ってる、ぞ?」
「そうか、そうか、それなら、まぁ、よい。ここを片付ける。ちと、手伝え」
幽玄はミシェルより話が分かるようだ。
最下層にはまだ歯応えのある魔物が残っていたので3人で片付けた後、幽玄は弱い魔物を撒いていた。
「あとは、クリア報酬ですわね」
ミシェルはマジックバックから宝箱を取り出して設置した。
「なにやってるんですか? 義姉上」
怒りを魔物にぶつけてストレス発散したので、いつもの儀礼的な呼び方に戻してみたら、ミシェルはホッとした様子で微笑んだ。
かわいい。
「ネッド、これは、聖女様御一行のダンジョンクリア報酬を入れる宝箱なの。ちょっと事情があるのよ。このことは、王子たちには内緒にしてほしいの」
上目遣いのおねだり顔だ。
薄紫色の瞳が揺れている。
かわいい。
「その事情とやらを教えてくれないなら、王子たちにばらします」
どうせ聖女伝承を再現しようとしているんだろうが、ちょっと意地悪したくなって、スタスタとダンジョンを戻ってみたら、とことこ走ってきて腕を捕まれた。
「全部は話せないけど、このイベントに関しては、主催側で一緒に見守ってほしいの」
眉毛がハの字の焦りが顔も、かわいい。
「ふむ、あとは、ミシェルのベネディクトに任せてよいかの? 妾は先に帰るぞよ! ほな」
幽玄は、見た目より遥かにいい奴だった。
ミシェルのベネディクト……
よくわかってる。
気に入った。
「それじゃぁ、様子を見に行きましょう。こっそりよ?」
ミシェルは私の手を引いて、観察ポイントに私と自分を押し込んだ。
幽玄と二人で観察する予定だったのか、ちょっと窮屈なのが密着できて、とてもよい。
王子たちの中層のボス戦(敵レベル調整済み)を観戦した後、とどめを指した令息の関連グッズを宝箱の中に転送魔法で物質転送していた。
なかなか手の込んだ仕込みのようだ。
先程から思っていた事だが、ミシェルはかなり魔術の練度が高いようだ。
見た感じ、幽玄は高出力の魔法をポンポン放つ感じで、ミシェルは操作難易度の高い魔法を出すのが得意のようだ。
先程捕縛されていた魔物も、網はミシェルで掴んでいるのが幽玄だった。
この義姉には、思った以上に隠し事が多い。
どうやって聞き出したら良いものか?
王子ら一行が旧校舎を出た後、しっかり施錠して、帰路についた。幽玄と張り合って久しぶりに気持ちよく魔力を解放し、疲れたので、馬車の中でミシェルに膝枕してもらって、仮眠をとった。
こういう感じなら、王子に秘密にしてやらんでもないな。
スノードニア旅行から3か月、もともとミシェルに感心を持っていなかった王子は、編入してきた聖女と懇意にしている。
「貴族生活に慣れてないから、父王に面倒を見るように言われた」などと言い訳しているが、距離が近すぎる。
私はもはや、ミシェルをないがしろにする王子に彼女をくれてやるつもりはない。
ミシェルと私の婚姻について、義父上にも相談済みだ。
ひとまず学園を卒業してから再び話し合おうと言われているから、望みはあると読んでいる。
私の推測では、ミシェルは聖女伝承に沿って王子と婚約しているだけだ。
伝承の再現が続くなら、ゴールは「婚約破棄」だ。
王子は伝承によくある通り、聖女が気に入っているようだし、早いところその方向で固めてくれれば、私はミシェルに求婚できる。
ミシェルがやろうとしていることが何かは知らないが、私の計画と逆行していない以上、楽しそうなので好きにさせている。
最終的に生徒会室で待つ私のところに戻ってくるうちは、とやかく言わないでおこう。
ただ、現時点で分からないのは、最終的に聖女をどうしたいかだ。
魔族はもう既に聖女に負けることがない程には強くなった。
ダジマットの姫の拘束魔法と聖女の檻だけではなく、聖女出現を検知する神聖国の水盆、聖女に対抗できる血筋を管理する聖女の血統など、千年前とは比べ物にならないほど強い。
最近は、聖女が現れてもダジマットの姫は大した関与をしていない。
ただ顔を見せるだけで民を安心させることにも成功している。
次のステップは何だろう?
初めての聖女の王妃か?
これまで聖女と心を通わせた王子は、必ず廃嫡されてきた。
聖女のような危ないものを王位継承者の近くに置くと、民が不安になるからだ。
ミシェルは、聖女が王子妃になることを支援し、王位継承者の傍においても大丈夫なほど無力化されたと示したいのか?
まぁ、どうでもいいか。
とりあえず明日からのミシェルとのダンジョン茶会に備えるか……