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義姉はムリをしがちだ

「ミシェル」


 困った人だ、のんきに微笑みを浮かべている。

 かわいい。


 過去2年間、学園内での接触が殆どなかったので気付かなかったが、ミシェルは学園内でも家族には打ち解けた表情で接するようだ。


 彼女の微笑みを見た生徒たちは一様に驚きを浮かべている。


「ベネディクト、それからネコ」


 ミシェルは私に貼りついているケットシーの子供にも気付いたようで、私たちに向かって軽く膝を折って挨拶をした。

 ネコというのは、このケットシーの子供の名前だ。


 ミシェルは1年以上前からケットシー族に依頼を出していたらしく、先週ケットシーの夫婦とネコが公爵邸を訪ねてきたときには驚いた。

 この子の両親は、聖女伝承にあやかって我が子を「ネコ」と名付けたらしい。


 誰も彼もやりすぎだ。


「聖女がネコの里親を探すと騒ぎ出したので、公爵邸で引き取ることにして連れてきましたよ」



 最終学年に入って、聖女が編入してきた。


 それと同時に私は王子や他の貴族令息たちと共に生徒会室に押し込められるようになってしまったので、こうやって機会を見つけては脱出を図っている。


「あら、もうよろしいのかしら?」


 私の胸元をガシガシ登るわんぱくなネコを見て目を細めている。


 ネコは生徒会室では、ガタガタ震えてうずくまっているだけだったと聞いている。


 見知った私やミシェルの顔を見て調子づいたようだ。


 聖女のためにネコを学園に連れてきたのはミシェルだ。


 聖女がネコを探し始めたので、手筈通りこちらに来てもらったとのことで、1週間ほど公爵邸で魔族の環境に慣らした。


 こいつは初日にミシェルの胸をフミフミした凶悪な子供だ。それ以降、遊び相手は私が担っているため、妙に懐かれてしまった。


 まだ小さいし、親から離れるのは心細いだろう。



「聖女がよろしくなくても、ネコが怯えて可哀そうです。はやく親元に戻してあげましょう。さあ、帰りますよ」


「そうね。ご協力ありがとう、ネコ。お家へ帰りましょうね?」


 今日は素直に帰る気になってくれたようだ。

 聖女が来てからのミシェルは、聖女が早く馴染めるようにと学園内を駆け回っている。


 先ほども浄化機能が停止した噴水の前にいたし、これから修理するところだったんだろうが、あんまり頑張りすぎると彼女が壊れてしまいそうで、心配している。


 ミシェルは忙しい日々が来るとわかっていたから、その前に休暇をとりたがったのだな。

 父上もそのことを知っていて、3週間という長い期間を与えたのだろう。


 昨年までは授業が終わると王宮へ行っていたため帰りは別だったが、今年になって学園での活動が忙しく、私が待っていれば一緒に帰るので、聖女の到来も悪いことばかりではない。



 やはり疲れていたのだろう。

 馬車に乗り込んですぐに、私に寄りかかって眠ってしまった。

 体がポカポカしている。

 馬上で何度も経験した本格的に眠りに入るサインだ。


 それならばと、わたしは寝入ってしまったミシェルを膝の上に引っ張り上げて、腕の中に収め、ミシェルの膝の上にネコを乗せなおした。


 はぁ。かわいい。


 ここは馬車の中だ。馬上のようにしっかり支えなくても落ちることがないことは分かっている。でも、私は既にこの状態のミシェルのぬくもりを肌で感じずにはいられなくなっている。


 熟睡してしまった時は、私の膝の上で抱きしめられてると知ったらミシェルは怒るだろうか?



 私は最近押し込められている生徒会室で、ミシェルの正体を知ってしまった。

 ダジマットの姫、悪役令嬢、魔女、魔王の娘。

 彼女はそのように呼ばれる存在だった。


 生徒会室の最奥の壁は一面が書棚になっていて、収められている本は全て聖女伝承に関わる内容だ。


 私たちに読ませるために置いてあるに違いないそれらの書籍に、聖女の天敵がダジマットの姫で、必ず紫色の瞳だとの記述を見つけた。


 それで、ミシェルが当代悪役令嬢だということが分かった。


 悪役令嬢は、我々魔族にとっての守護神だ。



 最初は「聖女を監視せよ!」という意味で私が生徒会室に入れられているのだと推測したが、学園でのミシェルの行動は、聖女を暖かく歓迎するものばかりだ。


 もしかすると「聖女を守れ!」という意味かもしれないと迷い始めたところだ。

 この千年以上に渡って、何度も現れては魔法国を壊滅に導きかけた聖女は、魔族に忌み嫌われている。


 子供向けのお伽噺の聖女は、全てシルエットであらわされ、その特徴がピンクブロンドの髪色だとは記されていない。もしバレれば迫害を受けるかもしれない。

 逆に、これを守ろうとするならば、魔族の守護神である悪役令嬢の庇護下に置くのが一番だ。


 もしくは、「聖女の贄になれ!」と差し出されているのかもしれない。

 聖女は見目の麗しい若者を侍らせたがるという記述が多い。

 その性質を利用して、聖女が国の中枢に入らないように足止めしたという例も多い。


 その代表が王立学園だ。


 聖女が好む見目麗しい若者を王立学園という箱庭に詰め込んで、聖女の活動期である16才~18才の間、この箱庭の外に出さないようにすることで、王宮および国政への影響を最小限に留める方法だ。


 殆どの魔法国が聖女襲来に備え、王立学園を創設していることを考えれば、この方法の有効性は高いのだろう。


 但し、聖女に侍らされた若者は、魅了の魔法で廃人のようになることもあるそうだ。

 実際、当代聖女も気持ちの悪い精神攻撃をまき散らしている。


 ミシェルは私が聖女に落ちてもいいのか?

 そう考えると、怒りがこみあげて、今すぐ彼女をぐちゃぐちゃにしたくなる。

 いや、怒りがこみあげなくても、私は常に彼女が欲しいのだった。


 冷静になろう。

 そうしよう。


 いずれにせよ、私はもっと聖女伝承について知る必要がある。

 だから、生徒会室に押し込められるのは非常に不本意ながら、大人しく読書にいそしんでいるのである。


 おや。

 公爵邸についたようだ。

 ネコが飛び出して行ったので、私はミシェルを縦抱きにして馬車を下り、ベッドまで運ぶ。

 いくつか運び方を試したが、これが一番安定するようだ。


 使用人たちも慣れたもので、スムーズに行く先のドアを開けてくれる。

 ミシェルは、まだ知らないだろうが、外堀は埋められつつあるのだよ。


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