義姉はいろいろ危なっかしい
スノードニアに着いてからの義姉上は、ただひたすらのんびりと過ごしていた。
よほど疲れていたのか、特に外出したがる様子もない。
表情もくつろいで柔らかくなり、ニコニコと機嫌が良い。
学園で無表情だったのは、王妃教育の影響だろうか?
それともこの旅を通して私に懐いてくれたのだろうか?
懐くと言っても、戸籍上はあちらが姉なのだが、同じ年だし、まぁ、細かいことはどうでもよいだろう……
午前は、近くの修道院にお祈りに行くので、昼前に迎えに行って、散歩がてら遠回りをして帰り、後はのんびりテラスで読書をする日が続いた。
田舎道の散歩は、道が悪く、義姉上はぬかるみにハマったり、でこぼこに躓いたりしたので、添えているかどうかも分からない腕を貸すのではなく、しっかり手をつないで歩くようになった。
平民のように手袋もはめずに直接肌を触れ合わせて手をつなぐなんて、はしたないことこの上ない。
だが、一旦その感触を味わってしまうと、離しがたくて、やめることができないでいる。
一週間ほどたった頃、修道院の入口でエルフローブを纏った長髪の男性とにこやかに立ち話をしていたことがあった。
王都にいた頃は、彼女が王子の婚約者であることを知らない者はいなかったから、彼女に粉をかける男はいなかった。
彼女もツンとして、話しかけ難い雰囲気を醸していた。
旅で気が緩んでいるにしても、話しかけられればにこやかに答えてしまう彼女の警戒心のなさに腹が立った。
父が一人で出歩くことがないようによく見ておくようにと助言していたのはこういう意味なのかもしれない。
「怪しい人と話してはいけません」と注意すると、耳を疑う言葉が返ってきた。
「怪しい人ではないわ。ダジマットのアレックス様よ」
ダジマットのアレックス様とは、かの国の王太子のことだろう。
その修道院に高位の問題人物が収監されていることは知っていたが、そんな大物が会いに来るような人物が入っているとは思っていなかったので、驚いた。
「ダジマットの王子は誰かに会いに来たのか?」
「どうかしら? わたくしたちが滞在しているヴィラに興味がおありのようだったから、とても快適ですって話をしたの。あと10日ほど滞在しますからそれまでは空きませんと言ったら、すぐ国に帰るから内見は諦めるとおっしゃってたわ」
相手が誰か知った上でヴィラに招かなかったらしいから、私が心配するほど迂闊ではないのかもしれない。
私が公爵家に養子に入ったばかりの頃、彼女のあまりの可愛らしさに、妖精が攫いに来るのではないかと心配していたことを思い出した。
その頃、私は既に10才を過ぎていて、妖精なんて信じる年齢ではなかったが、それでもなんとなく不安感がぬぐえなかった。
ダジマットの王子は、その時の焦燥感を思い起こさせた。
私がイヤな顔をするので、その日以降、ミシェルは修道院に行くのをやめてくれた。
代わりに乗馬を練習したいというので、毎日少しずつ遠くまで走らせては、疲れた彼女を私の前に乗せて帰った。
馬車の中ほど安定していないのに眠ってしまう彼女を落とさないように支えながら、私はぽかぽかとして愛らしい子を手元どころか、腕の中に置いておきたいのだと、自覚した。
ミシェルは、出会った瞬間から、他人のものだった。
しかも、自国の王子の婚約者だ。
到底手を出すべきではない相手なのに、手放せないとは何事だと、自分を叱ったが、どうにも効果があったようにも思えないのだった。
結局、ミシェルは最後まで逃亡することなく、王都に戻った。
帰路は覚えたての乗馬をとても楽しんでいたようなので、いい休暇になったのではないかと思う。