義姉の様子がおかしい
一体何故スノードニアなんだ!
私は憤った。
休養を取りたいと願い出た義姉のために義父が手配した休息先は、王都から馬車で3日もかかる丘陵地帯だった。
移動するだけで体に負担がかかる距離だ。
「義姉上は海辺を好むと思いますが……」
休養先を告げられた時、私は、それとなく義姉が好むと思しき海辺を提案した。
以前、浜辺で水に戯れる様子が楽し気だった。
しかし、義父は「喧騒から完全に離れて過ごす方が気分転換にはよかろう」と行先を変えてくれることはなかった。
「それより、あの子が一人で出歩くことのないように、よく見ていてくれ」
ともすれば、彼女を見張るようにとの指示とも取れる義父の発言に違和感を感じた。
義父は義姉がどこかへ逃亡するかもしれないと言っているのか?
私の心はざわついた。
義姉は、私についてきて欲しいと頼んだ時、妙に切迫した表情をしていた。
そもそも私に頼みごとをしてきたのも初めてのことだ。
よっぽど疲れているんだろうと心配したものだが、きっと他にも何かあるんだろう。
王太子の妃教育が上手く行っていないのか?
それとも全く別のことなのか?
さっぱりわからない。
せめて私に出来ることはやろうと、義姉の気分転換と移動中の体の負担が軽減できるように、乗馬用の馬も連れていくことにした。
しばらく自分だけ騎乗し、馬車に並走した後、「乗ってみますか?」と聞くと頷いたので、次の馬場で二人乗りの鞍を調達し、横乗りの彼女を前に乗せてしっかり支えた。
彼女も言われた通りに私の背中に片腕を回し、私の胸に体を預けて、しがみついた。
周囲の涼やかな風とは対照的な、彼女の暖かさが心地よい。
しばらくすると、ちょっと慣れてきたのか、しがみつく力を抜いて、動物を見つけては、はしゃいでいた。
義姉がはしゃいでいるのを見たのは久しぶりのことだった。
彼女はいつも無表情で、近寄り難いと評されている高嶺の花である。
オンオフの切り替えがしっかりしているというべきか?
公爵邸内ではいつも口元に微笑をたたえている可愛らしい令嬢だ。
それでも、こんな風にはしゃぐことはない。
スノードニアに近づくに連れてますます口数が増え、「家畜が柵のないところで放牧されていますわ」、「ウサギの穴はどこも一緒ね?」、「ヤギは山登りが得意ね?」などと、私の腕の中でくつろいだ様子の義姉に、義父がこの土地を勧めた理由が分かったような気がした。
互いのぬくもりが感じられる距離感は、普段の自分たちからは想像できない。
エスコートするときだって、私の腕に触れているかどうかも分からない程度に手を添えるだけなのがこの義姉だ。
旅行で羽目を外すというのは、こういうことかと舌を巻いた。
騎馬中に私にくっついているのに慣れてしまった義姉は、馬車の中でも、疲れたら私にもたれかかって寝てしまうようになった。
美しく銀色に輝く零れ髪を耳にかけ、背中に流してやりながら、彼女にあまり関心を寄せない王子に嫁いでも、大事にしてもらえないだろうと思うと心が痛んだ。