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悪役令嬢の試練に陰りが差しました

「ミシェル様、ジェイロを解放してください。愛のない結婚など、可哀そうです」


 ごきげんよう。

 ミシェルです。


 卒業まであと3か月に迫ったところで予想外のことが起きました。


 聖女が急に我が家にお運びになったのです。


 この展開については、留学生の一人が祖国の聖女伝承として語ってくれた気がしますが、うろ覚えです。どのように対応したらよいのでしたかしら?


「ジェイロとは、わたくしの婚約者のジャン=リュック王太子殿下のことでしょうか?」


 聖女は王子を選んだということで、よろしいのかしら?


「他に誰がいるんですか? とぼけないでください」


 随分乱暴な話し方をなさるのね。伝承通りですわ。


「ええと、貴方と殿下のご関係は、恋人同士という理解でよろしいでしょうか?」


 ハッキリ言ってくださると、話が進めやすいんですのよ?


「そうやって私たちを悪者にして、陥れようとしているのね! 卑怯だわ」


 まぁ、いけません。

 厄介な人物が入ってきましたわ。


「義姉上。何事ですか?」


 ベネディクトの登場です。

 彼がわたくしとの結婚を望んでいることをお父様から聞きましたの。

 

 幸せです。


 わたくしベッドの上でのたうち回りましたわ。


 もし、試練の途中じゃなかったら、彼の部屋に駆け込んで襲ってしまったかもしれませんわね。

 

 しかし、わたくしは試練中の悪役令嬢です。

 最後に王子から婚約破棄される予定なので、それまで婚約を続けなくては!


「ベニー! ミシェル様にジェイロを解放してくださいとお願いしたの。愛のない結婚なんて、可哀そうだわ」


 ありがとう。ベネディクトへの説明を省くことができましたわ。


「ほぉぅ。なるほど。君と王子は愛し合っているんだね? それで義姉の代わりに王子妃になってくれるんだね?」


 ベネディクトは、単刀直入に切り込みます。


「今、そこは関係ないでしょ? ジェイロが好きでもない人を押し付けられて、可哀そうだと言ってるの」


 なかなか王子のことが好きだと言ってくれませんわね。強敵ですわ。


「関係あるんだよ。王子の婚約者は空席にはできないんだ。義姉が婚約者の座を退いた後、君が王子の婚約者になることを了承してくれるなら、協力しよう」


 聖女が公爵家から見捨てられたことが分かれば、王家が聖女を庇護することになってもおかしくはないだろう、とかなんとか、ベネディクトの中で、どんどん話が展開していってますが、大丈夫でしょうか?


「……」


 聖女は、考え込んでいます。

 王子のことが好きというわけではないのかもしれません。


「聖女は、義姉が王子の婚約者として不適格だと考えているようだから、聖女自身が暫定的にその座について、聖女にも納得できる王子妃候補を見つけた時に、いつでも好きに身を引けばよいだろう?」


 まぁ、ベネディクトったら、聖女が王子を好きでも、そうでなくても、わたくしを王子の婚約者から外す道筋を見つけてしまいましたわ。


 困った人ね。

 わたくしの悪役令嬢の試練が座礁しそうよ。

 これ、巻き返せるかしら?

 

「そ、そんなこと……」


「できるよ。いや、やってみせるよ」


 躊躇している聖女の言葉をぶった切って、執事のマーカスに聖女が来たからお父様に急ぎ邸に戻ってもらえないか聞いてほしいと指示を出しています。


 この流れは、もしかして?


「それじゃぁ、ミシェル」


 ベネディクトは、わたくしの前に跪いて、手を取ります。


 きますわ!


 王子を聖女に押し付けた後にベネディクトがやることは分かりきっています。


「貴方を一生大切にすると誓います。どうか私と結婚してください」


「よろこんで」


 相手がベネディクトである限り、わたくしには、これ以外の返事はありません。

 即答です。

 即答。


 はぁ~、幸せ。

 

 ベネディクトは、パッと破顔して、手の甲にキスを落とした後、顔を近づけ……


 「これは、流石に人前じゃない方がいいね」と照れた後、額にキスを落とし、満足げに隣に座りなおしました。


 くぅ~っ。

 あとでやり直してくれるかしら?

 それとも、わたくしからでも、よろしいかしら?

 ネコ! わたくし、がんばりますわ!!


「あ、あんた、転生者ね? ベニーを誑かして『ざまぁ』を企んでるのね?」


 聖女は立ち上がって、わたくしを指さして、わなわなと震えています。

 悪役令嬢は、全員揃ってダジマットの血統書付きよ? 転生者じゃないわ。


 「ざまぁ」とは何かしら?

 後に控えるベネディクトとの初チュウに気を取られていて、ちょっと展開についていけておりませんわ。


「君は、ダジマットの姫の庇護下にありながら、随分な言い草だね」


 ベネディクトが氷の王子の「凍てつく視線」で聖女を殺しにかかります。

 やっぱり、わたくしがダジマットだと気付いていましたのね。

 気付かない方がムリですわよね?

 瞳の色とか、特徴的すぎますものね?

 生徒会室にヒントを置いておきましたもの。大量に。


「ベニーも知っているんでしょ? この女が本当は公爵の娘ではなく、魔王の娘だって! 公爵を操って、王座を乗っ取るつもりが、卒業パーティーで全ての罪が暴かれて、処刑されるのよ!」


 まぁ、当代聖女は、わたくしに極刑を言い渡すつもりでしたのね。

 恐ろしい方だわ。


 確かに、魔法国連盟の盟主は魔王とも呼ばれますから、わたくしは魔王の娘ですわね。

 なかなか素敵な響きですわ。

 

 王座を乗っ取るというのも、興味深い表現です。

 現在のカーディフ王家は、混血系です。

 魔族の血が濃いですが、純血統の魔族ではありません。


 それに対して、スランダイルン公爵家もダジマット王家も魔族の純血統ですから、魔族としての血統だけ見るとカーディフ王家の方が王位に不適格なのです。


 といっても、魔族は細かいことにはこだわりませんので、民の安寧が保証されるなら、誰が王でもいいのですけれどね。



「あぁ、可哀そうに、わたしのミシェル。怖がらなくても大丈夫だよ。必ず君を守るから」


 ベネディクトは、わたくしを引き寄せ、両腕で包み込んだ後、どさくさに紛れて頭やらほっぺやら、首元やらにチュッチュしています。

 それ以上、下はダメですわよ!

 メッ!


 でも、しあわせ。


 ああ、お父様、早くお帰りになって下さいまし。

 わたくしにこの状況を収拾するのはムリですわ。


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