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悪役令嬢の最後の休暇

「ベネディクト」


 わたくしは最大限にかしこまって目の前の麗しい義弟の名前を呼びました。


「ミシェル」


 わたくしは緊張でひきつっておりましたでしょうか?

 義弟は、そのライトブルーの瞳にわずかに心配気な色を宿して、わたくしの名前を呼び返しました。


 ベネディクトがわたくしを「義姉上」ではなく、名前で呼んでくれたのはいつぶりでしょうか?


 わたくしは既に喜びでいっぱいですが、本番はこれから。

 息を整え、身を奮い立たせて、言葉を音に変えます。


「わたくし、学年が変わる前に少しだけでいいから王都を離れて休養を取りたいの。ついてきてくれないかしら?」


 王太子の婚約者であるわたくしが、義弟とはいえ、若い殿方を伴って旅行にでるのは、好ましくない行いでしょう。


 でも、わたくしにとっては、これが最後のチャンスなのです。

 どうか断らないで。


 少しでいいから、わたくしにあなたとの思い出をください。

 

「義父上より許可が出るなら、お供しましょう」


 お父様が、わたくしの休暇を許し、ベネディクトを護衛として付けることがあれば、一緒に来てくれるという事でしょう。


 わたくしは、歓喜で思わず破顔してしまいました。


「ありがとう」


 ベネディクトは、わたくしの表情が緩んだのを見て、安堵を浮かべ、小さくうなずきました。


 次は、お父様とお母様です。


「お父様、お母様、わたくしの悪役令嬢の試練が始まります。どうかその前に、卒業後に送られる修道院を確認させてください。できればベネディクトと一緒に」

 

 ピンクブロンドの髪の「聖女」が生まれたら、魔法国連盟の盟主ダジマット家に紫色の瞳の「悪役令嬢」が生まれます。


 「聖女」は、神が遣わした存在で、別の世界の記憶を持ち、学園で配偶者探しをなさいます。

 「悪役令嬢」は、聖女の配偶者探しを見届ける試練を持つ、ということになっています。


 

 17年前、神聖国の水盆の神託により、当代「聖女」が自国に生まれたことを知ったカーディフ国王は、聖女を探し出して、カーディフ神殿に預けました。


 また、スランダイルン公爵をダジマット家に派遣して、当代「悪役令嬢」を賜りました。

 それが、わたくしミシェルです。



「今でも王子妃には、なりたくないんだね?」


 わたくしの育ての親、スランダイルン公爵は、そう言って、小さな溜め息をおつきになりました


 聖女伝承によれば、聖女は、学園の卒業式の頃に配偶者を選びます。

 これからちょうど1年後です。

 

 聖女が王子を選べば、わたくしは修道院行きが決まっています。

 聖女伝承によくある悪役令嬢の撤収措置です。

 理由は何でも構いません。

 過去の例では、数年の内に生家のダジマット王家が司法取引で引き取ってくれています。



 聖女が王子を選ばなければ、引き続き王子の婚約者として、カーディフ王妃への道が残されておりますが、わたくしは、いずれの場合も王子と結婚しないで、修道院へ行くことを希望する旨を前々から公爵に伝えておりました。


「はい」


 キッパリと答えたわたくしに、公爵は想像より長い休暇期間を下さいました。


「修道院は、スノードニアだ。少し遠いから、3週間与えよう」


 なんと! ベネディクトと3週間!!

 嬉しすぎます。

 きゃぁ~。


「ありがとうございます」


 公爵夫人が微笑んでおられます。

 喜びが顔に出ておりましたかしら?

 

 わたくし、公爵と夫人には、ベネディクトへの想いを隠せておりません。

 学園卒業までと決まっていても、現在は王太子の婚約者なので、ベネディクトへの想いを外に出せば、不貞のそしりを受けましょう。


 でも公爵と公爵夫人は、お父様とお母様の距離で私をご覧になるのです。見ていればわかってしまいます。


 いずれこの地を追放されるわたくしを哀れに思い、窘めることなく暖かく見守ってくださる公爵と夫人の寛大さには感謝しきれません。


**


 カーディフ王は、聖女の伝承を参考に、スランダイルン公爵に「悪役令嬢」であるわたくしを実子として育てさせました。

 公爵家に生まれたばかりだったベネディクトは、公爵の弟君の子供として育てられ、わたくしと王子の婚約を機に、公爵家を継ぐ養子として公爵邸に戻されました。


 わたくしたちが10才の頃のことでした。



 わたくしはベネディクトに一目ぼれしました。

 これからずっと一緒に住めるなんて、ドキドキが止まりませんでした。

 妃教育で訓練を積んでいたポーカーフェイスも崩れまくりで、ずっとニヨニヨなっていたでしょう。

 それは7年経った今でも同じです。

 ベネディクトが近くにいると、どうしても口元が緩んでしまいます。



 ダジマットの血を引く子供は幼い頃から共に育てた相手に執着するようになると言われています。だから、わたくしは5才の頃から王子と行動を共にするように工夫され、ベネディクトは、10才まで外で育てられました。


 でも、工夫なさった皆様には申し訳ないことに、わたくしはこの義弟が一目で好きになってしまいました。


 だって、かっこいいんですもの。

 上品で落ち着いたネイビーブルーの髪に、明るいライトブルーに輝く瞳。

 10才にして既に立ち姿が麗しゅうございました。


 初対面のご挨拶がとても優雅で、ハートを鷲掴みにされました。


 そして、なんといっても、紳士なのです。


 2年前から同じ学園に通い初め、毎朝玄関から馬車までエスコートしてくださるのですが、繊細な気遣いがね、伝わってきますのよ。

 雨の日なんて、僅かに距離が縮まってドキドキです。

 毎日降ってほしいぐらいです。


 馬車の中では、二人きり。


 といっても、全く会話はないのですけれど、その麗しい姿をずっと見つめていられるように友人の幽玄に神聖国の特殊ローブを融通してもらいましたのよ。

 全身すっぽり顔まで隠すタイプで、こちらの魔力は全て隠す素材なので、物理透視魔法でベネディクト凝視し放題ですわ。

 まぁ、流石に実行したことはありませんけれどね。


 はぁ~。


 いけない。脱線いたしましたわね。

 ベネディクトの話題は、止まりませんの。

 幽玄に人格が変わるって指摘されましたわ。

 ほほほ。



 話を戻しますと、カーディフ王は、このほかにも伝承を参考に、有力貴族の令息達を王子の側近候補に配しました。

 残念ながら、わたくしのベネディクトもこの一人です。

 

 そして、できるだけ自然な状態で聖女に配偶者を選んでもらえるように、花婿候補たちにはその情報を隠しました。

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