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失恋のお味はいかが?

 親友の京介は、モテるかモテないかと言われれば、モテない部類に入るだろう。

 見た目は決して悪くないと思う。幼馴染の色眼鏡は通しているかもしれないが、短髪の黒髪で、水泳部に所属していて運動神経だって悪くない。

 月詠高校に入ったからには学力だってそれなりに高い。

 だが、あまりモテないのだ。


 初対面でも口が悪く、女の子にも平気で悪口を言ってしまう。一見すれば嫌味な奴に見えてしまうが、誰かを裏で悪く言うことだけは絶対にしない。

 そんな訳で馬鹿とか阿呆とか、そういうちんけな悪口のまかり通る男子の世界では、付き合う内に真の人柄も知れてきて、仲良くする者も少なからずいた。

 その男子たちは口を揃えて、京介はいい奴だよ――と言う。


 普通だった京介をカースト上位にたらしめたのは、中学二年の夏のことで、私の偏愛がまだ公になっていない頃だった。

 その日は嵐で、観測史上稀に見るだとか、今年度最大の大荒れだとか、ワインの能書きのような台風がこの町に訪れた。

 そして、そのワインは評判ほどではないというのが毎度毎度のご愛嬌。その嵐も前触れほどの被害は出なかったのだが、それでも町の川の一部は氾濫しかけた。


 川の近くに住む京介は、水位の上昇を不安げに見つめる。

 すると濁流に見えたのは、一つの人影だった。

 京介は考える間もなく家を飛び出した。安全を鑑みればロープの一つでも持って行った方が良いだろう。

 だが、そんな冷静さはその時の京介にはなかった。

 荒れ狂う川に飛び込む京介。結果として京介は助かる。今を生きているのだから当たり前なのだが、助けた相手は当時小学三年生の児童だった。

 興味本位で川を見に来たところ、滑って転んで流されたという訳だ。


 これがきっかけで、京介はスクールカーストを駆け上がる。英雄として讃えられたから? それも一部あったのかもしれない。

 だけれど助けた相手は、なんとその道のご子息だったのだ。

 社会の裏に関わることだからだろうか、ニュースには取り上げられず、その救出劇を知る者は少ない。

 だが中学の皆は知っている。謝礼を受け取ることを拒否した京介を前に、ご子息の両親は感銘を受け、せめてこのような男を育てた学校にと多額の寄付を申し出た。

 彼らは目立たないよう訪れたのだが、噂というのは広がってなんぼであり、そして大抵にして過大にされるのがほとんどだ。

 そして京介は讃えられると共に、恐れられることになる。

 京介は当然、威を借るようなことを良しとしなかったが、その後に起きる私の窮地を知ると、誇りをかなぐり捨てて筋者の威を借った。


 京介は更にモテなくなった。ちょい悪には憧れを抱く女子も、それが極まる道であればさすがに敬遠したのだ。

 先程は上位と表現したが、もはや京介はカーストという枠組みから外れたのだ。

 そして救われた私も、決してクラスの一員として戻った訳ではなく、単にカーストから外れただけなのだろう。

 いわば京介と私は学校における禁忌となった。それを破ったのは友香だけ。


 私は、私を間接的に救った威の力に感謝だなんて、そんなことはこれっぽっちもしていない。

 少しばかりの善意を見せようが根本は悪なのだ。それは私をいじめに追い込んだ力と本質的に変わらない。

 真に讃えられるべきは京介や、恋治先輩の見せた本物の勇気。

 月詠高校において、過去のしがらみに囚われることはもうないだろう。

 再び帰ってきた京介の青春。私はその青春を全力で応援する義務があるのだ。


「お家に来るのは久しぶりだね、京介。どうしたのかな?」

「んっと、いや……なんとなく、だな」

「嘘。本当は私に言いたいことがあるんでしょ?」

「やっぱ敵わねぇな、愛子には……」

「京介が弱いだけだよ。私はか弱い乙女だもん」


 本当、京介は嘘や隠しごとが下手くそな奴だ。

 ゆっくり話を聞いてあげたいところだが、愛部屋に入れる訳にはいかないし、かといって家のリビングでは家族の目が気になるだろう。

 どこかに行くにしても、美容院の予約時間を鑑みると少し厳しい。

 私は靴に履き替えると、玄関に佇む京介の肩を押して家の外へと連れ出した。


「家の前で悪いね、京介」

「い、いいよ。ていうか突然だったし、悪いのはこっちで……」


 いつもなら、ここで茶化しの一つもあるだろう。

 しかし京介はこちらの話に合わせるというか、当たり障りないというか。やはり以前から少し様子がおかしい。


「い、いい天気だな」

「良くないよ。今日は曇りで、そのあと雨だよ?」

「うぐ……」


 要領を得ないなぁ。どうしよう、こっちから聞いちゃおうかな。


「愛子は……早乙女先輩と付き合ってるのか?」

「え、どうしたの? 急に……」


 突拍子もなく話が進んだ。そしてその質問の答えはノーだ。

 だが付き合いたいと想っているし、それはこれから絶対に実現させるつもりだ。

 でもどうして京介が、そんなことを気にするのだろうか。


「付き合ってはいないよ」

「そ、そっか……」


 うーん、やはり要領を得ない。自分が恋話をはじめる切り口として、まず他人の事情から聞こうということ?

 であればやはり、京介の悩みは恋愛相談。そして私に聞くということは、相手は友香なのだろうか。それともまさか遥だったり?


「普段はすぐに悪口言う癖に、京介らしくないじゃん。シャキッとしなさい!」

「あぁ……ちゃんと言うよ」


 ようやくか。まったく、勇気があるのは間違いないけど、こういうことにはまるで臆病なんだなぁ。

 私に対してこれじゃ、意中の者を前にしたら――


「俺は――好きなんだ」


 って、聞きそびれた。というより声が小さい。

 友香と遥、どっちなのよぉおおお!


「聞こえないよ。ほら、シャキっと――」

「俺は、愛子のことが好きなんだ!」


 しなきゃ――私の方が――シャキッと……


 俯く京介は肩まで強張らせ、顔を真っ赤に染めている。

 そんな京介は私のことが好き……好きだったなんて……

 私、なんて鈍いんだろう。全然気付きもしなかった。ラヴァーソウルが言う盲目って、そういうことだったのね。

 そして京介は私の大事な人。

 優しくて勇気があり尊敬できる、私の大切でかけがえのない――


 友人。


 そう、京介は友人。それ以上にはなりえない。

 なぜなら私には恋治先輩がいる。それが全てで、私の愛の生きる道。

 ごめん、京介。気持ちに応えられなくて。

 でもあなたを傷付けたくはない。だからせめて好意は伝えよう。笑顔でそれを伝えよう。

 京介は好き、でも友達として。これからもずっと、親友でいて欲しい――って。


「京介は――」「駄目だわありえないわ告白するのに目も合わせられないなんて論外だわそれにそもそも私は早乙女恋治しか眼中にないものそれ以外の男は全員猿よチンパンジーよ薄汚い性欲の肉塊よどうせ私とヤることしか考えてないんでしょ気持ち悪い気色悪い汚らわしいあなたのような雄猿が早乙女恋治に取って代わろうなんて浅はか極まりないわ駄目に決まってるでしょう二度と私に触れないで話さないで現れないで考えないで駄目駄目駄目駄目駄目ぇえええ!」「で、いて欲しい」


 にっこり。


「え?」

「あ……」


 ラ、ラ、ラララ……ラヴァァァ……ソウルゥゥゥ……


「あ、あは……あははは! くっそ、また俺は騙されたのか! ま、まったく……愛子には敵わねぇよ……」


 逃げるようにして、京介はその場を走り去り、その背中に笑顔で手を振るラヴァーソウル。

 私は追いかけることもできず、ただただ途方に暮れるのみだった。


「あらぁ、冗談じゃなかったのにねぇ。ま、いいかぁ」

「あぐ……あ……」


 近頃は、夢なら覚めないでと思うことが度々あったが、久々に夢なら覚めて欲しいと、そう願うのだった。

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