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恋の条件

 遅くまで起きていた私は、お昼前になってようやく目が覚めた。

 恵美の失踪を知った昨日は色々とあって、学校帰りに警察から事情を聞かされた。

 しかし特に長い時間を取らされる訳でもなく、あくまで恵美の行方に心当たりがあるか、その程度の聞き込みだけだった。

 まだ事件と決まった訳ではないのだし、警察も大きく動けるはずもあるまい。


 事件を起こした者を犯人というが、恵美の件に関して犯人はいない。

 文字通り、犯人とは犯罪を行う人を指している。そしてラヴァーソウルは人ではなく神である。犯人がいないのであれば、決して事件にはなりえない。

 そして昨夜のこと、私と恋治先輩は不安を共有した。

 普段は明るい恋治先輩。そんな彼が見せる微かな弱みに、私はそっと寄り添う。

 その後に私も露わにする僅かな揺らぎ。それを恋治先輩は優しく包む。


 これぞまさに一心同体。淫らな豚が求める乳繰り合いより、遥かに清く美しい、かけがえのない絆。

 その繋がりを想うだけで、私は何度も何度も画面越しにオーガズムを感じた。心地の良い疲労感と共に就寝し、気が付けばこの時間という訳。

 そして今日は土曜日で、明日は遂にランチデートの当日だ。色々と出来事は重なったが、結局デートには行くことにした。

 一度は止めようかという話題も出た。遊ぶ気分にはなれないんじゃないかと。

 しかし私は会いたいと言った。会って直接話したいと。その答えは――


『僕も話したい。愛子と会って話をしたい』


 これが昨夜の私の絶頂。

 文面ではあるが、初めて下の名前で呼んでもらえた瞬間だ。声に出して呼んでもらえたら、私の体は一体どうなってしまうのだろうか。

 死んだ恵美には感謝してる。再び会えれば抱き締めてやりたいところだが、群がる蛆の嫉妬を買うのでやめておこう。

 今日は誰と会う訳でもないが、明日のデートに備えて準備をせねばならない。

 美容院も予約したし、お洒落な洋服も買わなければ。恋する女の子はお金が掛かるのだ。


「好意を求めて美を磨く。恋愛には絶対不可欠な条件だわぁ」


 髪を()く私の手から、するりと櫛を攫うラヴァーソウル。

 優しく髪を一撫ですると、(ねんご)ろに持ち上げて、手慣れた手付きで続きを梳いてくれる。


「ラヴァーソウルも美を磨くの?」

「当然よぉ」


 絶対不可欠と言うくらいだ、そりゃあ言ってる本人も磨きはするか。

 神に老いはなさそうに見えるが、太ったり痩せたりはあるのだろうか?


「美を蔑ろにする者に、恋愛の資格はないのよぉ」

「それは手厳しいね。ただ好きなだけじゃいけないのかな?」


 …………

 あれ? ラヴァーソウルの返事が……


「ダァァァメェェェ……好キナダケッテ、アリノママヲ好キニナッテ欲シイッテ、ソンナノ絶対、許サレナァァァィ……」


 鏡に映るそれを目にして、血の気が一気に失せていく。

 まるで呪いを吐くような、聞けば命を吸われるような、耳を削ぎ落したくなる悍ましい怪声。

 忌むべきものを前にして、憎悪と殺意が燃え上がる。そんな紅蓮の瞳を見つめたら、これが鏡越しでなかったならば、きっと私の瞳は焼かれてしまう。


「好きと言いつつ美を怠る。ありのままと言って惰性を貪る。そんな害虫は虫らしく、感情を持つことすら許されないのぉぉぉ」


 お、恐ろしい……身の危険すら覚える、どす黒い感情の渦。

 なぜラヴァーソウルは不美にここまでの激高を……

 恋愛を司る神としての矜持なのか。

 しかし誰が抑制しようが、好きという気持ちは止められない。


「で、でも……そういう人って……いっぱいいると思う」

「虫だもの、そりゃあ沢山いるわぁ。そして妥協するから叶わない。好きな気持ちを止められないなら、止まらなければいい。気持ちだけじゃなくて体も、ねぇ?」


 激情はほんの一瞬で、後には落ち着きが蘇るラヴァーソウル。

 視線を下におろすと、再び櫛を通しはじめた。


「決意が本物ならば、努力は決して怠らないはずでしょう? 好かれようと身も心も磨くでしょう? それが好きという感情で、恋愛というもの。そこまで至れないのならそれは趣味。恋愛気分に浸るだけの、ただの趣味よぉぉぉ」


 趣味――か。スポーツとかグルメとか、好きだから趣味にする訳だし、趣味に真剣な人もいると思う。

 だけど真面目な恋心を趣味と言われて、心地よく感じる人はいないはず。好きという感情に対しての義務、それが美容。

 家族を愛すると口で言いつつ、いつまでも怠けて働かない夫は旦那失格で、家族ごっこに興じる駄目人間。

 家族を愛するなら、必ず行動が伴わなければならない。ラヴァーソウルの言いたいことはそういう義務感。

 美を怠り、ありのままで良しとする者たちを、恋愛未満の、その程度の茶番だと言いたいのだろう。

 静けさを取り戻す室内で、ラヴァーソウルは髪を梳き続ける。


『ピンポーン』


 チャイムの音がした。

 私はネット注文などしてないし、思い当たる節も特にない。そして突然の訪問客を迎えること、なんとなく私は苦手だった。

 知らない人とはあまり会いたくないから。一人の時なんかは居留守を使ってしまうこともある。

 けれど今日は家族もいるし、私は出なくたって構わない。健全な関係とは言い難い両親だが、こういう時だけは役に立つ。

 しかし暫くの後、私の愛部屋(まなべや)のドアを叩く音が響いた。


「愛子ぉおお! いるでしょぉおお! お友達よぉおお!」


 薄気味悪いねこなで声を奏でる母。世間体を気にする時はいつもこうだ。それを破壊した私の過去の恋愛の時は、途轍もない罵声を浴びせた癖に。

 だが私も母に合わせる、その方が何かと上手くいくから。

 それが社会であれ家族であれ、上手くいくことを良しとする考えは、皮肉にも血の流れが関係しているのかもしれないな。


「いま行くよ。誰かな?」

「京介くんよぉおお! 早く行ってあげなさぁい!」


 京介が? なぜ私の家に?

 昔はしょっちゅう遊びに来たし、逆に遊びにも行ったものだが、思春期を迎えてからはめっきりそれもなくなった。

 外では普通に話すし、決して疎遠になった訳ではないのだが、思春期を境にはじまる私の愛部屋を見せるのは気が引けたし、例え幼馴染とはいえ、男の部屋に行くのは、愛する者を裏切る行為だと感じる様になったから。

 その気持ちは今でも変わらない。京介は大切な友達であり、同時に私の信条を曲げる訳にもいかない。


 きっと多分、この前の話の続きだろう。

 京介も私と同じく、恋に思い悩んでいるのかもしれないな。

 美容院の予約までの時間はまだあるし、お菓子はないけれど、話を聞いてあげるくらいなら――

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