死すれば恵み
金曜日を迎え、デートの日までは今日を含めて二日に迫る。
といっても、行くのはただのランチデートだ。未だ付き合ってはいないし、端からすればデートですらないのかもしれない。
だが私にとってはデートであり、かけがえのない大切な記念日だ。
ちなみに午後にはモデルの仕事が控えているらしく、よってお泊りの野望は完全に断たれた。
だが一応、勝負下着は履いていくつもりだ。それにしても土日もゆっくり休めないとは、御身体は大丈夫なのだろうか。
そんな貴重な恋治先輩の時間を割くのだ。私は万全の準備を心掛けなければならない。そして恋治先輩は私の為に時間を割いたのだ。その心境や如何に。
少なくともマイナスな気持ちではないはずだと願いたい。
しかし改めて考えてみると、水飲み場で話をして、桜の木の下で助けてもらい、そしてメッセージのやり取りをする。
それだけでここまで急接近できるのも不思議なものだ。当然、嬉しくはあるのだけれど。
これが恋の神様のご利益なのだろうか。だとしたらラヴァーソウル様様から、様様様に格上げだ。
それを問うてはみるものの、ラヴァーソウルはただ薄く微笑みを浮かべるだけだった。レディーの秘密とやらも、ここまでくると少し癪だ。
学校に着くと何やら少し騒めいている。
何事かと不安を煽られるが、それは教室に入ることで、集う仲間内により明らかになった。
「おい、愛子! 聞いたか?」
「聞いたかって……何かな?」
「その様子だと、やはり愛子は関係していないようね」
「関係って……一体どういうこと?」
神妙な面持ちの友香と遥は、互いに顔を見合わせる。
何やら嫌な予感がする。ここまで良いことが続いてしまうと、その反動がありそうな気がして。
「恵美先輩が行方不明らしいのよ」
って……え? 何かと思えば恵美だって? であれば死のうが生きようが、私にとっては痛くも痒くもない。
「一昨日の夜から行方が分からないそうよ。一度家に帰ってきたのは、夕飯を共にした家族が確認してる。その後に外出して、そのまま行方知れず。それで今に至る訳」
恵美関連の話の興味は薄いが、でも何やらおかしくはないか? 一昨日からいないのならば、昨日はどうした?
昨日は一日ごく平穏、何の騒ぎも起きていないはずだ。
「それって一昨日じゃなくて、昨日のことでしょ? だって昨日は何も――」
「恵美先輩てさぁ、普段から素行わりぃからさ。しょちゅうだったみたいよ? でもさすがに二日続けて帰ってこないから、心配になって警察に――って訳」
なるほど、遥の話を聞けば少しは合点はいく。それを踏まえても、一日放置した親と学校には疑念を持たずにはいられないが。
「昨日、中庭に恵美先輩がいなかったのは、単に気まずいからじゃなかったんだ」
「おいおい愛子……心配するのはそこじゃないでしょ! 一昨日、愛子は恵美先輩に呼び出されてたじゃん? それでその日に行方不明。呼び出されていたところを見てる生徒もいるし、愛子が何かしら関係してんじゃないかって噂になってんだよ!」
――――は? 遥は何を言って……って……まさか……
「わ、私は何もしてないよっ!」
「私だってそう思ってるわよ。愛子にそんな大それたことができないのは分かってる。でも何かしら聞かれるかもしれないから、注意しときなさいってこと」
「わ、分かったよ……友香……」
く、くそが……無関係かと思えば、恵美めぇえええ!
行方知れずになっても手間取らせやがって。妙な噂を恋治先輩が真に受けたらどうしてくれるつもりだ。
「それと、恋治先輩にも不穏な噂が出てるんだよ」
「な……ななな……なんで恋治先輩に!?」
い、意味が分からない。
恋治先輩は、ただ私を助けただけじゃないの。恨まれることもなければ、なぜ恋治先輩まで……
「その日にね、恵美先輩がクラスで漏らしてたらしいの。”恋治に嫌われた、最悪だ”って。傷心の上での自殺がもっぱらの噂になってる」
「そ、そうだよ。恵美が勝手に傷付いて、勝手に――」
「うん、私たちだってそう信じているよ。でもそう思わない人もいるかもしれないってこと。それだけは覚えておいて」
友香は暗にしたが、それはつまり私と恋治先輩が、事件として行方不明に関わっていると噂している者がいるということ。もっと言えば、殺したんじゃないかと疑う者がいるということだ。
ち、畜生め……屑はこれだから困る。死ぬなら公衆の面前で、自殺と分かるように自殺しろ。
ブルルルル……
こ、この心揺さぶるバイブレーションは――
端末を手にして、やはりそれは恋治先輩からのメッセージ。
内容は昂る心を止めかねない、地獄へと叩き落とす一文だった。
『恵美の件は知ってるかな? ごめんね、僕のせいで迷惑を掛けてしまって』
あが……
がががが……
めぇえええぐぅうううみぃいいい!
大人しくくたばっていればいいものを、尊い恋治先輩の御心まで傷付けるとはぁあああ!
許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ……
「あらぁ、良かったじゃなぁい」
「何がッ!!!」
不意に掛けられたラヴァーソウルの一言に、思わず感情を曝け出してしまった。
たじろぐ友香と遥に、そしてクラスメイトの視線も私に集まる。咄嗟に笑って誤魔化して、ラヴァーソウルを尋問に掛ける為にトイレへと直行する。
乱雑に個室を開いてゆき、トイレが無人であることを確認する。そしてへらへらと笑うラヴァーソウルに面と向かい、堪えた怒りを爆発させた。
「ラヴァアアアソォオオオウル! なぁにが言いたい! 例えあなたでも……」
「落ち着きなさいよぉ、怒ると皺ができちゃうわん☆」
「ぐ……ぬ……」
激高する私を前に、素知らぬ顔のラヴァーソウル。
その白々しい態度が余計に怒りを誘発し、ともすれば掴みかからんとする間際のこと。
「だからぁ、良かったじゃなぁい?」
「何も! 良いことなんかある訳――」
「運命共同体になれてぇぇぇ」
「――――え?」
なんだって? 運命……共同体?
「同じ境遇に立ってぇ、運命を共にする男女ぉ! なぁんて、ドラマティックでしょぉ? 他の女には為し得なぁい、愛子と恋治だけの繋がりだわぁ」
た、確かに……そんな共通点、滅多にない。事実、恋治先輩はその件で私に連絡を寄越しているんだ。私も同じく連絡を送れる。
そして不安を共有し、慰め、想い合うことだってできるんだ。
疑われるリスクは背負うが、しかし私は殺ってない。であれば証拠もある訳ないし、そもそも死んだとも限らない。
さすがに警察も、そんな誤捜査はしないだろう。
だとしたらこれは、むしろチャンスなのでは?
「――――うひっ」
わ、笑っちまう。堪え切れずに笑っちまうぞ。
大丈夫だ、愛子。今なら笑える。誰もいないこのトイレなら、腹の底から笑ったところで問題無い!
――待て、その前に恋治先輩はどうなんだ。
さすがにあんな屑に自ら手を掛けるとは思えないが、恵美が傷心の末に無理心中を計り、それを返り討ち。ということは、ありえるのでは?
い、いやいや……それはない。優しい恋治先輩が人殺しなんて、そんなことする訳がない。事故でも殺めてしまえば、確実に自首をするタイプの人間だ。私が疑ってどうする。
そんなことは絶対にありえない、はずなのに……
「恐れているのねぇ、分かるわよぉ。でも大丈夫ぅ、安心してぇぇぇ?」
「ラ、ラヴァーソウル……?」
ラヴァーソウルがそう言うなら、きっと大丈夫。
ラヴァーソウルはいつも私に転機を――って……
そう、ラヴァーソウルはことある毎に私に転機をもたらした。そして今回のそれも、ラヴァーソウルがもたらしたチャンスなのでは?
一昨日の夜、夕食後に部屋で雑談した後、ラヴァーソウルは私の部屋から姿を消した。そして恵美が消えたのは一昨日。
家族で夕食を共にした後に家を出て、そして忽然と姿を消した。まさか恵美を神隠ししたのは――
妖しげに、ぐにゃりと口端を歪めるラヴァーソウル。
いつものように肯定はしないが、この時の私は、はっきりと確信した。
ラヴァーソウルは、吉野恵美を殺した。