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会いたくて震える

 連絡先を交換し、その後は廊下で恋治先輩を見送った。控えめに小さく手を振って、淑やかに微笑みを浮かべながら。

 逞しい背中を目に焼き付け、姿が見えなくなったところで、ようやく私はラヴァーソウルの名を呼んだ。


「ラ、ラヴァーソウル……ラヴァーソウル……」

「はぁぁい☆ 素敵で激可愛(げきかわ)女神のラヴァーソウルよぉ。お呼びかしらぁぁぁ」


 後ろ手を組んで腰を折り、私の顔を覗き込むラヴァーソウル。

 その瞳は燃えるように紅く煌めき、それはまさに今の私の盛る心情を投影しているかのようで――


「愛してるわ! ラヴァーソウルッ! 心の底から愛してる! あなたは本当の本当に、最高の恋の女神だわ!」


 溢れる感情が爆発し、両手いっぱいにラヴァーソウルを抱き締めた。

 ラヴァーソウルはそんな私の背に手を回し、優しく頭を撫でてくれる。

 

「お褒めの言葉、とぉっても嬉しい。奥までじんじん響いちゃったぁ。愛子はとぉっても可愛いからぁ、大丈夫。絶対にうまくいくからぁ、だから安心して頂戴ねぇ」

「うん……うん……!」


 耐えに耐え続けた私の人生。

 しかし今の私に感情を抑え続けることは不可能で、ラヴァーソウルにだけはその全てを打ち明けることができる。

 仮にこの場を見られたら、怪しい奴だと思われるに違いない。

 だけど、なぜだか今は安心できる。この優しい空間が、私とラヴァーソウルだけのものだということを、不思議と感覚で理解できた。


 浮き立つ足で教室に戻ると、友香と遥はすぐに私に駆け寄ってきた。

 乱暴はされなかったかと、脅されたりはしなかったかと、不安な眼で私を見つめる。

 そのどちらもされるにはされたが、私は二人を心配させたくはないし、悲劇のヒロインぶるつもりもない。

 大丈夫だったと一言、それを伝えて笑って見せる。

 私が無理をしているのではと、そんな疑惑の念も見え隠れしたが、当の私は本当の本当に、心の底から幸せな気持ちに満ち溢れている。

 それが自然と二人にも伝わったのか、深く追求されることもなく、この話はひと段落を終えたのだった。


 そろそろ授業も始まるし、席に戻って準備をはじめる。

 すると同時に届く端末へのメッセージ。宛名は早乙女恋治。その名が目に入るや否や、即座に返事をしようと五指が唸る――のだが、ラヴァーソウルは素早く私の手を掴んだ。

 なぜ? どうして? せっかく恋治先輩が送ってくれたメッセージ、早く返してあげないと――そんな想いで振り払おうとしたのだが、手首を握るラヴァーソウルは、まるで万力のように押さえ込む。

 痩せた細腕からは信じられない程の膂力(りょりょく)で、私の抵抗を軽々と捻じ伏せる。

 腕力ではどうにもならないと分かり、代わりに威圧の視線を送りつけてやるが、神の精神が一小娘の圧力に屈するはずもない。私の必死を前にして、涼しげな顔を浮かべている。

 すると次の瞬間、あたかも本当に首が伸びたように、ろくろ首のように頭をうねらせ寄せてきて、その口先は耳元に、囁く吐息が肌をくすぐる。


「駄目よぉぉぉ。急かしと焦らしぃぃぃ。相手のペースに合わせなきゃぁ」

「え……あ……」


 私の抗う力が弱まると、合わせてラヴァーソウルの力も緩みはじめる。


「ほらぁ、ねぇ? 愛子が抗うほどに私の力も増していき、逆もまた然りねぇ。愛子の返事のペースは恋治にそれを強制しちゃぁう。それはストレスでぇ、面倒臭い女への第一歩ぉぉぉ」


 私が……この柊愛子が、恋治先輩にとって面倒臭い女になるなんて。

 そんなの嫌だ。嫌嫌嫌、絶対に嫌ぁあああ! 


「分かったらぁ、返事はすこぉし時間を置きなさぁい。その内に恋治の好む返事の感覚もぉ、分かるようになるからぁぁぁ」

「で、でも……最初の返事くらいは……」

「これは愛子の為でもあるのよぉ? 最初が良ければその次も、またその次も。先っぽだけってぇ、そんなの絶対無理無理無理ぃぃぃ。意志を決めるのは最初が肝心」


 言いたいことは分かるけど、やっぱり辛い。逸る気持ちをぐっと堪えて、端末を握り締める。

 だけど一つだけ言えること。ラヴァーソウルの言うことをこなせば間違いない、それは明白だ。

 体感ではウン時間にも及ぶ一コマを乗り越えた後、ようやく私は恋治先輩からのメッセージを開き、そして返事をしたのだった。


 家に帰り、その日の夜のこと。夕食も済んた私は部屋のベッドに転がった。

 私の好きが詰まった、私の愛部屋(まなべや)。過去にはキャラクターグッズに満たされていた私の部屋は、今は恋治先輩色に染まっている。

 昨日のこと、初めてラヴァーソウルを招く際には、部屋を見せるのに気が引けた。だけどラヴァーソウルは私の部屋を見てただ一言、素敵ね――と言ってくれた。

 私はラヴァーソウルとは、初め気が合わないと感じていた。でもそれは間違いかもしれない。

 人には一見しただけでは計り知れない深さがあって、闇である者もいれば、慈しみである者もいたり。

 それは付き合い時間を共にすることで、次第に次第に露わになるんだ。


「あぁ……もっともっと恋治先輩と、たくさんお話したいなぁ。一日ずぅっと、やり取りしたり、電話したり――」


 それを聞いて、ラヴァーソウルは困った笑みを浮かべた。もともと垂れ気味の目と眉で、困り顔と判別するのは難しい。

 でもそれが分かりはじめたのも、関係の深まりの一つの現れ。


「それはちょぉっと、さすがに厳しいんじゃないかしらぁぁぁ」

「なんでぇ? ラブラブってそういうことじゃないの?」


 目線を上に向けて、細顎を摘まむラヴァーソウルは、少しの間の後にこう問うた。


「じゃあ愛子は、恋治に何をお願いされても、それに応えられるのかしらぁ?」

「もちろんよ」


 溜めて焦らして、何を言うかと思えば、そんなこと考える間もなく即答できる。

 答えを聞いて満足したのか、慈愛を帯びた眼差しで微笑むと――


「そ、感心ね。その言葉、絶対に忘れては駄目だからね」

 

 そう、戒めの言葉を述べて私の部屋を後にした。



 翌朝は木曜日。

 ラヴァーソウルと会って二日が経った。それはつまり、恋治先輩との距離が詰まってから三日目ということ。

 はじめは火曜日で、まさしく私の心に火を付けた記念すべき曜日と言える。

 正直それからの日付は毎日が記念日だ。記念日、記念時間、記念分に記念秒。付けはじめたらキリがないほどに、素晴らしい想い出の数々が記憶を彩る。

 全てを祝えば鬱陶しいと、さすがの私も思いはするが、私の心は確実に、それらを忘れることはないだろう。


 その日も学業がてら、何通かのメッセージのやり取りを恋治先輩と行った。

 なんとささやかでいじらしい、文明の利器が聞いて呆れる。これではまるで筆を走らせる文通だ。

 昼休みの時間も、依然もやもやと疼く気持ちが止まらない。気休めに外の空気を吸おうと廊下の窓を開くと、中庭には仲間内で談笑している恋治先輩の姿があった。

 変わらず多くの男女の集まる賑やかなグループだが、そこに恵美を含めた塵共の姿はない。

 周囲の女はそれはそれで目障りだが、それでも恵美が消えたことは大きな一歩で、少しばかり晴れた心は、再び昨日の勝利の余韻に入り浸る。

 すると私の視線に気付いた恋治先輩が顔を向けた。変な顔をしていないか、身だしなみは崩れていないか、慌てて前髪に手を乗せる。

 しかし恋治先輩はそんなことを気にせずに、手を振り笑顔を振り撒いた。その裏のない無邪気な笑顔は私の不安を解きほぐし、淑やかに微笑み返して、小さく手を振り返す。


「なぁに、にやにやしてるんだか――」


 その嘲りは私の背後から、こちらとしては聞き捨てならない。

 むっとむくれ顔を向けると、そこにいるのは悪戯な笑みを浮かべる、小麦に焼けた黒髪の男の子。


「京介――」

「気持ちわりぃぞ、愛子。まぁ、幸せそうで何よりだが」


 小馬鹿にするような言い種も、この男だったら許すことができる。京介は私にとって大切な人。といっても、恋愛感情はまるでないが。

 京介は過去、友香と共に私をいじめの渦から引き上げてくれた。口は悪いが、根はとても善良。

 一見すれば分からないが、親しくすればそれが分かる。幼馴染の私は、そのことを誰よりもよく知っている。


「やっぱり、ちょっと変な顔してたかなぁ?」

「おいおい、真に受けるなよ。別段可笑しくなんかは……」


 気落ちする私を見て、おろおろと戸惑いを見せる京介。

 私の方はもちろん冗談で、京介はこのように悪ぶるくせにすぐボロを出す、心配性の気にしいなのだ。


「騙されたっ! 京介の顔、変っ!」

「て、てめぇぇぇ……」


 指を突き付けて満面の笑みの私と、怒りを露にする京介。そして――


「ぷ……あっはっはっはっは!」×2


 二人一斉に息を噴き出す。

 変に飾る必要もない、気の許せる私の親友。


「ったく、愛子には敵わねぇよ」

「京介が弱いだけだよ。私はか弱い乙女だもん」


 そう、京介は――強い。

 私なら、いじめは見て見ぬふりをする。関わって自分の人生まで台無しにしたくない。京介はそれを承知で私を助けた、勇気を秘めた強い人。

 そして私は――強い。

 いや、強くなったが正解だ。以前の私は弱かった、しかし今の私は最強だ。

 そしてこれからもっと強くなる。


「愛子さ、次の日曜なんだけど――」


 ブルルルル……


「あ、ちょっと待って」


 分かる、分かるぞ……この揺れは。心を躍らす、このバイブレーションの間隔は。

 端末を手にして、やはりそれは恋治先輩からのメッセージ。内容は踊る心を止めかねない、天上へと誘う一文だった。


『柊さん、今週の日曜は空いてないかな?』


 き、き……

 きぃいいいたぁああああああ!!!


 早ぇえよ! マジ早ぇえよ! こんなに早く遊びの誘いを貰えるなんてッ! これはあれか? お泊りコース一直線か? ませて買った勝負下着がここにきて封印を解かれるか!? いや待て、日曜じゃお泊りコースはありえないか。そもそもまだ付き合ってないし恋治先輩は清純だ。私は全然OKだけど――


 まあいい、どちらにせよ急接近できるのは間違いない!


「ど、どうした愛子? なんか怖えぞ?」

「あ……ううん。なんでもないの。先輩から連絡が来ただけ」

「先輩? 愛子に親しい先輩っていたっけ?」

「早乙女先輩だよ」

「!?」

 

 言葉もなく京介は目を丸めた。

 そうか、そういえば京介には言ってなかったな。そりゃあ陰気だった私が、学校でトップクラスの人気者と知り合いだなんて、驚きもするだろう。


「そういえば京介、さっき何か言おうとしてなかった?」

「あ、いや……なんでもないよ」

「?」


 またなと、それだけを残して場を去る京介。

 なんだか少し様子がおかしいし、恋の悩みでも相談したかったのかな? 

 時間がある時に、お菓子でも作って持っていってあげよう。そしてたまには京介の相談にでも乗ってやるか。


「愛子はいい子ねぇ。とても優秀よぉ。普通はそこまで盲目にはなれないものぉ」


 にんまりとラヴァーソウル、お返しに(しか)め面を向けてやる。


「よく分からないけど、馬鹿にしてる?」

「いいえぇぇぇ、純粋な褒め言葉」


 ラヴァーソウルは時々よく分からない。神様だから仕方のないことなのかもしれないけれど。

 でも京介と同じで、いずれきっといいところがもっと沢山見えてくる。

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