※閲覧注意
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「いやん、見るって分かってたぁ。ここから先も、やっぱりご自身の責任でぇ」
「あら、誰かしら。はぁい、いま行きまぁす」
チャイムを鳴らすのだから、鍵を持つ江恋が戻って来た訳ではないだろう。
何かを注文した覚えもないし、勧誘の煩わしい受信料も払っている。とすれば何かのセールスだろうか。
念の為にチェーンを掛けてから鍵を開くと、扉の隙間から覗くのは私より二~三歳下の麗しい女性だった。
「あのぉ、すみませぇん。甥の投げたボールがお宅の敷地に入ったみたいで」
「……どうぞご勝手に」
ちっ、気に喰わない。
私の美貌に泥を塗りかねない。そんな女は全員ムカつく。
女の愛想笑いも鼻につき、もう顔など見たくもない。
苛立つ私は扉を閉める――その間際のこと。
「こんな女が……江恋の妻だなんて」
……は?
はぁああああああ!?
怒気が頭に迸り、チェーンを毟るように引き剥がすと、扉を全開に開け放つ。
「くそビッチがぁあああ! 江恋を狙うゴミクズめぇえええ!」
呆気にとられる女の首根っこを掴むと、外の石畳に叩き付ける。悶え苦しむ女は息も絶え絶えに咽込んだ。
必死に爪を立ててくるが、次第に力なく手を剥がすと、女の顔からは血の気が失せていく。
しかし私は力を緩めることはせず、このまま捻り殺そうとした、その時だった。
腹に妙な暖かさを感じた。
いや、熱いと言った方が適切かもしれない。
見れば女の手には血塗られたナイフが握られる。
「ぎゃああああああ!」
き……切られたんだ。浅くだけど……腹を横に裂かれたんだ。
女はせき込み弱っているが、武器を持っているとなるとこちらが不利だ。
家には確かアレがあるはず。そしてこの女は、絶対に殺してやる。
いったん玄関まで引き下がると、必死に家の中を駆けずり回る。女はすぐに持ち直して、私の後を追ってきた。
追い付かれたらおしまいだ。しかしアレさえ使えば私の勝ちだ。寝室まで逃げ込むと、私はクローゼットの戸を開け放つ。
既にすぐ後ろにまで女は近付いてきているはずだが、のんびりと確認している暇はない。
私はソレを掴むと、振り向き様に女に向かってぶん回す。
あわやぶった切るすんでのところで、女は後ろに飛び退いた。そしてソレを目の当たりにして、つぶらな瞳が見開かれる。
「な……なんで……クローゼットの中に刀なんか」
「形勢逆転んんん♪ これは護身用のまぐろ包丁。あんたを今から解体してやる!」
恐れを為して逃げる憐れな背中。
私は串刺しにするべく、女目掛けて刃を振るう。
「死ねぇえええ! 私は殺られるかぁあああ!」
そう、私は殺されない。
あいつに殺されてなるものか。
この女は今この場で殺すしか術はない。
警察に通報しようとも、全くの無意味なのだから。
なぜならこの女は間違いなく――
ラヴァーソウルの差し金で殺しにきている。
だけどこれはある意味チャンスだ。
この時ばかりはラヴァーソウルは手を貸さず、おかげで私も危うく死にかけた。
つまりこの場で女を返り討ちにできれば、江恋は私のものであり続ける。
女はリビングまで逃げ込んで、部屋の花瓶を掴むと私に向かって投げつけた。
しかし私はしゃがんで躱して、床に敷かれた絨毯を引っ掴むと、思い切り斜め上に引っ張り上げる。
絨毯の上に立つ女はバランスを崩して倒れ込むと、強く頭を打ち付けたのか、ぼけた眼で私を見上げた。
「し、死にたくないの……殺さないで……」
あの時あの女は、江恋の妻だった女は、ここで殺人を躊躇った。
だが私は違う。混じり気のない殺意を湛えて、女に包丁を振りかぶる。
「私だって殺されたくない。でもあんたを殺すのは構わなぁい」
それが恋愛で、いつだって容赦のない泥沼の様相。
さようなら、名も知らぬ女。
あの世でラヴァーソウルによろしく言っておいて。
渾身の力で振り下ろした包丁は、愚かな女の頭を真っ二つにかち割る――
「うぅ……」
「……え?」
ことはなく、女の頭上でぴたりと動きを止める。
う、動かない……ぴくりとも腕が動かない……
この私に良心の呵責なんてものは……
刃を振り下ろし兼ねている内に、身を起こした女は渾身の力でタックルをかましてきた。
衝撃に私の体は傾いて、床に背中を打ち付ける。
痛みに思わず目を瞑り、再び目蓋を開いて見ると、手放した包丁の刃先が眼前にまで迫ってきていた。
「ひぎぃあああ! 痛い痛い痛いぃいいい!」
目が……私の右目が。
まぐろ包丁がやばいところまで突き刺さってしまってる!
熱い、痛い、熱い、痛い。
なぜ、どうして……あれほど努力した私が、なんでこんな目に……
もがく私の腹の上に女が跨る。
裂けた腹の傷が開き、あまりの痛みに気が遠のく。
それでも私は諦めきれず、残った左目を開いてみると、薄ぼやけたはずの視界には、その姿がはっきりと見えたのだった。
紅の燃える瞳に、死人のように白い肌。銀の長髪は冷たく輝いて――
あの時あの場所で、江恋の妻は決して躊躇った訳ではなかったのだ。
私を本気で殺すつもりで、本来なら私は負けていた。
けれど恋とか罪とか覚悟とか、それ以前の段階で、全ては初めから決していた。
ラヴァーソウルの手に掛かれば、恋の成就率は☆100パーセント☆
水を差そうが、嘘を吐こうが、何があろうと絶対に。
痛みに震える私は、血の混じる涙を見せて懇願し、縋るように手を伸ばす。
「お願い……痛くしないで」
死ぬことは確定的で、それが私の望みだった。
そしてその答えは――
「だぁぁぁめぇぇぇ……」
ご覧頂き有難うございました。
やろうと思えば幾らでも話の作れる設定なので、またいずれ別のケースを書くかもしれません。
もし良ければご評価や感想を宜しくお願い致します!




