表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/41

愛の形はウロボロス

 社内では江恋の妻の訃報が流れた。

 そして江恋は暫く会社を休むことになった。


 忌引きを明けた後、再び復帰した江恋は悲しみをうまく整理したのだろう。顔色も元に戻り、しっかりとした足取りをしていた。

 ただ少しだけ、前よりほっそりしてしまった気がする。


「この度はご愁傷様です。なんといって良いのか……」

「気を遣わせて悪いね。でも大丈夫だ。ちゃんと心の整理は付けたからね」

「東条さんは強いお方です。ですがあまり無理をなさらずに……」

「有難う。優しいな、蓬くんは……」

「何かあれば……いつでも仰ってください。私が傍におりますから」

「蓬くん……?」


 含みだけ持たせて一礼し、私はその場を後にする。

 少し欲張った感はあるものの、今がっつきすぎても心象を悪くするだけだろう。

 なに、もはや敵はいないのだ。あとはゆっくり確実に、江恋の心を掴んでいければ良いと――そう思った矢先だった。

 江恋に背を向けた直後のこと、場違いな黄色い声がオフィスの中に飛び交った。


「東条さぁん、心配してましたぁ」

「江恋さん! 寂しい時には私がお相手しますぅ」


 振り向くと、江恋にボディタッチを図るあざとい女子社員が目に映る。


 浅ましい雌豚どもがぁ……

 江恋の妻を消したのは他ならぬこの私だというのに、ぬけぬけと便乗しやがってぇえええ!

 私以外に江恋を愛する資格はありはしない。江恋は私のもので、邪魔するというのならお望み通りこの世から消し去ってやる。


 私は決意を改め、小賢しい小娘は地の底まで蹴落として、期限切れのババアは社会的にも破滅させた。

 私に中に巣食う嫉妬心は、邪魔者が現れる毎にどんどんと増していき、江恋への執着は今まで以上に燃え盛る。

 そして私は気付いた。ラヴァーソウルの言う、経験が活きるということの意味を。


 殺し方うんぬんがどうという訳ではなく、大事なのは人を殺してまで愛する者を手に入れようとした覚悟。

 ここまでしたのだから、こんなことまでしたのだから、だから江恋を射止めるのは私であるべきだと、覚悟の大きさに比例して私は深く江恋にのめり込んだ。


 もちろん害虫駆除のほかにも、自分磨きも欠かさず行った。それは美貌だけでなく、料理や裁縫など実務の面も。

 金は有り余っているのだし、実際に必要な技術かと言われると疑問だが、いい女を誇示する為には必要なスペック。

 所詮、若さなど平等に消えてしまう。身に付くものではなく離れるもの。

 億年以上を生きるラヴァーソウルの時間感覚からしてみれば、彼女がほんの少し居眠りしている内に、今をときめく女学生もしわくちゃの老婆になるだろう。

 若さだけを売りにする馬鹿女は、歳を取れば馬鹿しか残らない。

 それもラヴァーソウルが近くにいたからこそ気付いた魅力だ。


 私はそんな馬鹿どもの上に立ち、そうして一年間の戦いの末に東条江恋と交際し、そして結婚することができたのだった。

 結婚式にはラヴァーソウルも来てくれて、特に話すことはせず、遠目に静観しながらも目を合わせると優しく微笑んでくれた。

 それが最後に見た彼女の姿で、その後ラヴァーソウルは姿を消した。それはつまり神との契約が満了したということ。


 そうして月日は更に流れて、結婚生活も一年が過ぎる。

 いつかは江恋への熱が冷めてしまうのではと心配ではあったが、そんなこともなく日に日に愛は募るばかり。

 くどいようだが、やはり殺してまで好きな人を奪うこと。その覚悟はとても大切なものだった。

 ラヴァーソウルがきっかけではじめた料理も、今では中々に様になってきた。愛を込めた弁当を包み、江恋に持たせてキスを交わす。

 そうして出社する江恋の背中を手振りながら見送った。


 そろそろ子供を儲けても良い頃合いかもしれない。

 精力の付くものでも食べさせて、今夜は江恋を誘ってみるかな。

 夜の情事を想ってにやけていると、部屋にはチャイムの音が響いた。


「あら、誰かしら。はぁい、いま行きまぁす」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ