愛の形はウロボロス
社内では江恋の妻の訃報が流れた。
そして江恋は暫く会社を休むことになった。
忌引きを明けた後、再び復帰した江恋は悲しみをうまく整理したのだろう。顔色も元に戻り、しっかりとした足取りをしていた。
ただ少しだけ、前よりほっそりしてしまった気がする。
「この度はご愁傷様です。なんといって良いのか……」
「気を遣わせて悪いね。でも大丈夫だ。ちゃんと心の整理は付けたからね」
「東条さんは強いお方です。ですがあまり無理をなさらずに……」
「有難う。優しいな、蓬くんは……」
「何かあれば……いつでも仰ってください。私が傍におりますから」
「蓬くん……?」
含みだけ持たせて一礼し、私はその場を後にする。
少し欲張った感はあるものの、今がっつきすぎても心象を悪くするだけだろう。
なに、もはや敵はいないのだ。あとはゆっくり確実に、江恋の心を掴んでいければ良いと――そう思った矢先だった。
江恋に背を向けた直後のこと、場違いな黄色い声がオフィスの中に飛び交った。
「東条さぁん、心配してましたぁ」
「江恋さん! 寂しい時には私がお相手しますぅ」
振り向くと、江恋にボディタッチを図るあざとい女子社員が目に映る。
浅ましい雌豚どもがぁ……
江恋の妻を消したのは他ならぬこの私だというのに、ぬけぬけと便乗しやがってぇえええ!
私以外に江恋を愛する資格はありはしない。江恋は私のもので、邪魔するというのならお望み通りこの世から消し去ってやる。
私は決意を改め、小賢しい小娘は地の底まで蹴落として、期限切れのババアは社会的にも破滅させた。
私に中に巣食う嫉妬心は、邪魔者が現れる毎にどんどんと増していき、江恋への執着は今まで以上に燃え盛る。
そして私は気付いた。ラヴァーソウルの言う、経験が活きるということの意味を。
殺し方うんぬんがどうという訳ではなく、大事なのは人を殺してまで愛する者を手に入れようとした覚悟。
ここまでしたのだから、こんなことまでしたのだから、だから江恋を射止めるのは私であるべきだと、覚悟の大きさに比例して私は深く江恋にのめり込んだ。
もちろん害虫駆除のほかにも、自分磨きも欠かさず行った。それは美貌だけでなく、料理や裁縫など実務の面も。
金は有り余っているのだし、実際に必要な技術かと言われると疑問だが、いい女を誇示する為には必要なスペック。
所詮、若さなど平等に消えてしまう。身に付くものではなく離れるもの。
億年以上を生きるラヴァーソウルの時間感覚からしてみれば、彼女がほんの少し居眠りしている内に、今をときめく女学生もしわくちゃの老婆になるだろう。
若さだけを売りにする馬鹿女は、歳を取れば馬鹿しか残らない。
それもラヴァーソウルが近くにいたからこそ気付いた魅力だ。
私はそんな馬鹿どもの上に立ち、そうして一年間の戦いの末に東条江恋と交際し、そして結婚することができたのだった。
結婚式にはラヴァーソウルも来てくれて、特に話すことはせず、遠目に静観しながらも目を合わせると優しく微笑んでくれた。
それが最後に見た彼女の姿で、その後ラヴァーソウルは姿を消した。それはつまり神との契約が満了したということ。
そうして月日は更に流れて、結婚生活も一年が過ぎる。
いつかは江恋への熱が冷めてしまうのではと心配ではあったが、そんなこともなく日に日に愛は募るばかり。
くどいようだが、やはり殺してまで好きな人を奪うこと。その覚悟はとても大切なものだった。
ラヴァーソウルがきっかけではじめた料理も、今では中々に様になってきた。愛を込めた弁当を包み、江恋に持たせてキスを交わす。
そうして出社する江恋の背中を手振りながら見送った。
そろそろ子供を儲けても良い頃合いかもしれない。
精力の付くものでも食べさせて、今夜は江恋を誘ってみるかな。
夜の情事を想ってにやけていると、部屋にはチャイムの音が響いた。
「あら、誰かしら。はぁい、いま行きまぁす」




