お仕置き☆ラブウォーリアー
「あのね? 私……恋治先輩とお話しちゃった……」
静まり返る場の空気。友香と遥はまたしても、コントのように顔を見合わせる。
そして示し合わせたかのように頷き合うと――
「なんだってぇえええ!」×2
耳をつんざく絶叫が教室に鳴り響いた。
毎度毎度、些細なことでも大騒ぎする遥はともかく、友香まで大きな声を出すのは珍しい。
稀なことは注目を誘い、クラスメイトの視線はこちらに集まる。
慌てて二人を宥めると、ひっそりと囁き声でこれまでの経緯を語ることに。
「――って感じで、まだ挨拶くらいしかしてないんだよ? 恋治先輩の連絡先だってまだ知らないんだから」
「でもさぁ、愛子にしちゃ頑張ったじゃんよ! 恋治先輩の顔を見るだけで茹蛸みたいに真っ赤になるのに。よく声を掛けることなんてできたねぇ」
「まあそれはその……偶然というか……神様のおかげっていうか」
「神様ぁ?」
首を傾げる遥の右後ろに目をやると、そこには微笑ましく会話を清聴する、ラヴァーソウルが机上に座している。
例え親友でも恋の女神の存在までは明かせない。だからとって神様のおかげという言葉に嘘はない。
ラヴァーソウルは今もなお、私の恋を傍で応援してくれている。
「でも、それだけで過度な期待はしちゃ駄目よ! 声を掛ければ言葉を返してくれるなんて、人間なら当たり前――」
再び釘を刺すつもりだったのだろうが、友香はぴたりと口を噤んだ。
「大丈夫だよ、友香」
「ご、ごめん。悪気は……」
罰が悪そうにする理由は、友香は過去の私の偏愛を知るからこそだ。アニメのキャラは返事もしないと、そのことを掘り返してしまった失言に対して。
これを聞いて不快と言われれば不快だし、誰これ構わず許すことはできない。
しかしそれ以上に、私は友香の人柄を知っている。軽率な発言だって友香なら許すことができる。
だって友香は私の愛する、大切な親友なのだから。
「何言ってんだよぉ。リアルな人間でも返事をしない奴だっているさぁ。古典の村上なんて、耳が遠いのか質問したって聞きやしない」
「ん……ぷっ……あははははは!」
少し抜けてるところもある遥だけど、こういう時にはとっても心強い。二人とも頼もしい、私のかけがえのない親友だ。
そこに愛しの恋治先輩も加われば、私の人生はどれほど華やかになることだろう。
朗らかな空気が私たちを優しく包み込む。そんな当たり前で愛しい雰囲気は、直後にぱちんと弾けて割れた。
「ちょっとさぁ! このクラスに柊って女いるぅ?」
それは唐突に現れた。
耳障りなだみ声を撒き散らし、醜顔を教室に覗かせる。
忌々しい吉野恵美め、果たしていったい化粧ともいえない下手糞な厚塗りで、不細工を誤魔化しているつもりなのだろうか。
「サッカー部の女子マネの吉野先輩じゃん。どうして愛子のことを呼んでんだ?」
「わ、分かんないよ。けど、あんまり機嫌は良くなさそうだね……」
「私が付いていこうか? 愛子」
「いいよ、友香。学校の中だし、たぶん危険なことは無いと思う」
「気を付けろよな。あの女、あんま良い噂聞かないし。やばかったらすぐ逃げなよ」
「うん。分かったよ、遥」
短い首を見回す恵美は、私を見つけるや否や小さな眼でガンを飛ばす。
確かに遥の言う通り、育ちが良いとは決して言えない。気の弱い私は生まれてこのかた、喧嘩なんてしたことがない。
思わず眼力に目を伏せてしまいそうになった時――
「駄目よぉ、駄目駄目ぇぇぇ。屈しちゃいけないわぁ。しっかり前を見てぇ、凛として立ち向かいなさぁい」
これまで静観していたラヴァーソウルが、慄く私の傍らに歩み寄る。
「で、でも……」
「だぁいじょぉぶぅぅぅ、この私が付いているんだものぉ……あはっ」
そうだ、そうだよ。今の私には神様が付いてるんだ。
それを思うと勇気が湧いて、次第に力が漲るのを感じた。
私の目標の恋治先輩は、どうあがいても手に届かないと想い続けた、天上に咲く高嶺の花。
それに比べれば、目の前の駄女を相手取るなんて造作もないはず。今の私はこんな雑魚に、苦戦する訳にはいかないんだ。
戒めるように自分に言い聞かせ、意を決して恵美の下へと歩みを進める。
「何の用でしょうか、吉野先輩。ご機嫌よろしくないようですが」
「先輩に対する口の利き方がなっちゃいないね。まあとにかく柊、あんたに用があるんだよ。ちょっとツラ貸してくんないかな」
「えぇ、いいですとも」
あからさまに向けられる威圧に負けじと、こちらも強気の態度で応じてやる。醜い細目を更に縮めて、ぶすな瞳が私を睨む。
しかし私には神様が付いていて、何かあればラヴァーソウルが助けてくれる。だから物怖じすることなく、二つの尻穴を睨み返した。
だがその時の私は、まさかあんなことになるなんて全く思いもしなかった。
結論から言ってしまうと、ラヴァーソウルは私を守りはしなかった。恵美を含めた歪んだ三年の女子共に、私は追い詰められることになったのだ。