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ストーキングワールド

 私の持つ選択肢は二つ。江恋と親しくなってから妻を殺すか、もしくは今の段階で殺してしまうか。

 前者は妻を亡くし、独り身となった江恋に近寄り易いメリットはあるが、同時に疑われるデメリットがある。警察は恐るるに足りないが、江恋に疑われてしまったら元も子もないだろう。

 そして後者はというと、傷心した江恋に迂闊に取り入れられないかもしれない。数回話しただけの私など、相手にしてくれない場合がある。しかし関係が薄いからこそ、疑われるリスクは少ないはず。

 私は後者を選ぶことにした。なにも前者と後者を天秤にかけ、合理的な答えを導き出した訳ではない。


 単純にいらつくから。私以外の女と一緒に住んでいることがむかつくから。

 私はそんなに気が長いタイプではない。なるべくストレスを抱えたくないし、美容にも差し障りが出るかもしれない。

 だから先に殺しておいて、精神衛生上すっきりさせておくことにしよう。

 ではさっそく殺してしまいたいところだが、それにはまず江恋の自宅の場所を知らねばならない。

 あの日、江恋とレストランで別れた後、私は二日間の有休を取った。自宅の特定から殺害までを、この二日でケリをつけてやる。


 まず一日目。

 帰宅する江恋を尾行して自宅を特定すべく、私は夕方に家を出る。


「尾行だなんて、ストーカーみたいで気乗りしないわね」

「愛美はぁ、ストーカーの定義って何か知ってるぅ?」


 自宅を特定したら? ゴミを漁ったら? 部屋に侵入したら? それは間違いなくストーカーだろう。

 しかしその境界線と言われると……うーん。


「相手が不快に思えばよぉ。だからこれはストーカーではないわぁ」


 なるほど、それもそうだな。

 ストーカーも自分がストーカーだと思ってやってる訳じゃないだろう。

 相手や第三者がどう思うかに境があり、気付かれていない内はストーカーとはいえないはずだ。


「それにしても、唐突な有休を受け入れてくれる会社で助かったわ」

「礼節はあるのかもしれないけれどぉ、愛美が貰ったものなんだしぃ。使うのは個人の勝手じゃなぁい?」


 うんうん。味方にさえ付いてくれれば、ラヴァーソウルは身も心も肯定してくれる、頼もしい仲間に違いない。


 私の知る限りの情報では、江恋はバスと電車を使った通勤経路だ。

 彼の最寄りの駅は伊邪那美(いざなみ)駅。旧きと新しきの折衷する由緒正しき町だと聞く。

 その駅で江恋の到着を待ち、家まで後を付ける段取りだ。

 伊邪那美駅までは、私の最寄り駅の草薙駅から電車で十五分ほどの距離がある。

 向かう途中、揺れる車両の上方には沢山の広告が貼られていて、その中の一つには人気モデルの姿が載っていた。

 過去に私も気になっていた男性モデル。お洒落でイケメンにも関わらず、スキャンダルのない真面目な青年。

 そんな彼も今では大学生になるのか。


 車窓から覗く伊邪那美駅は、改装も終わって真新しい。

 ホームを降りて改札までの間には、噂に聞くような旧きの影は見られないが、改札の先の窓から見える伊邪那美神社の佇まい、それだけが昔を残す最後の砦だ。


「比較的大きい駅ね。出口はこっちで大丈夫かしら」

「バスロータリーはこちらだものぉ。たぶんこの改札に来るんじゃなぁい?」

「あら、ラヴァーソウルは伊邪那美の町は初めてじゃないの?」

「ひ・み・つぅ。乙女の過去を聞くのは野暮よぉ」


 ま、聞きはしたが興味は薄いけど。

 終業は十七時で今は十七時半を指している。速やかに退社できたのなら、そろそろ訪れても良い頃合いだ。


「あっ、あれじゃなぁい? 四番線から上がってくるグレイのスーツ!」

「え? どれよ? 人混みで全然分からない……」


 ラヴァーソウルの指し示す細指の方角には、精悍な江恋が次第に見えてくる。


「目、いいのね。ラヴァーソウルは」

「そりゃあ、天の世界から地上を見てるものぉ。視力の悪い神なんていないんじゃなぁい? 知らないけど」


 改札を抜けた江恋はロータリーへと歩みを進める。その背後をこっそりと付いて行き、間を開けて共にバスに待つ。

 気付かれないかと胸が高鳴るが、しかし私の生来の気質は地味であって、気配を消すのは十八番である。


「紛れるのがお上手ねぇ、まるで神の御業みたぁい」

「…………」

「イケないことってぇ、わくわくするでしょぉ?」

「…………」

「あっ、バスが来たわぁ。乗ろ乗ろ愛美ぃ」


 まったく、堂々と騒ぎ立てやがって。こちとら目立つ訳にはいかないし、相槌だって打てないんだ。

 それにしてもラヴァーソウルはどうやって気配を消しているのだろう。これだけ騒いでも誰一人気付きやしない。

 今は手摺りだって掴んでいるし、密着する車内では体だって触れている。

 なのに舞台の外にいるような、まるでラヴァーソウルがいないことを前提とした芝居を見ているような錯覚に陥る。


 バスに揺られること十数分。

 既に日は落ちて、とあるバス停で江恋は降りた。私も後を付いてバスを降り、距離を保ちつつ尾行を再開する。


「今更だけど、こぶ付きだったら最悪ね」

「確かにぃ! 場合によっては二度三度と、手を煩わせる羽目になるものねぇ」


 ……もはや何も言うまいよ。


 暗がりの道を潜んで歩き、人気のない公園の脇を越えた先の邸宅で、江恋は足を止めた。

 そこが江恋の帰る家で、仄かに漏れる灯りを見るに、家には妻がいるのだろう。

 鍵を開けると、家の中へと姿を消す東条江恋。


 憎たらしい。

 仮に江恋と結ばれれば、こんな家など更地にしてやる。妻の悪臭の残るものなど、一つ残らず捨ててやる。

 そんな私を横で見るラヴァーソウルは悦に浸る。

 愛の為に燃えるのなら、彼女の目には憎悪さえも美麗に映っているに違いない。

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