人生の変わり目
ラヴァーソウルの奇跡を目の当たりにし、その日を境に私の生活は激変することになる。
女子社員たちの辛辣ないびりに耐える私は、再び家で晩酌をするようになった。
ストレスは美容の大敵であり、発散の余地は必要不可欠。
困り顔のラヴァーソウルを前に、私はグラスに注いだワインを嗜む。
「駄目よぉぉぉ、飲みすぎぃ。ワインは酸性でぇ、歯に良くないのよぉ? それに着色もしてしまうわぁ」
「らいじょうぶよぉ。こんなの大した量じゃないってぇ。だからもっとおつまみ作ってぇ? 神が料理上手なんへ知ららかったぁ」
「お褒めは嬉しいけどぉ、呂律回ってないものぉ。今日はこの辺にしてぇ、ちゃあんと歯磨きするのよぉ?」
傾けるグラスを取り上げられ、洗面台へと背中を押される。
仕方なく酔った頭で歯ブラシを引っ掴むと、チューブから大量の歯磨き粉を盛りつけた。それを口に突っ込んでガシガシと力強く歯を磨く。
見かねたラヴァーソウルは更なる忠告を重ねてきた。
「それじゃあ歯茎を傷めちゃうわぁ。ちゃあんと優しく磨いてあげなきゃぁ」
「うるさいよ! ラヴァーソウル! それに痛もうが汚れようが、あなたが治してくれればそれでいいじゃない!」
「愛美ぃ……」
ラヴァーソウルの垂れ眉が更に下がる。
神を邪険に扱うのは罰当たりかもしれないが、もともと私に近寄ったのはラヴァーソウルの方なのだ。
やめたくなったら言えばいいと、それがラヴァーソウルの発言で、私は既に手放すつもりなど毛頭ない。
そして言い出しっぺのラヴァーソウルから手を引くなんてことは、絶対に許さない。
「あなたが言い出したことなんだからね。私の恋が成就するまで、しっかりと面倒を見て頂戴よ」
「それは勿論だけどぉ……でもねぇ? 神の力は契約なのよぉ? おでこのニキビはサービスだけどぉ、力を望むのなら約束しなきゃぁ……ね☆」
「何よ……約束って」
あざとく首を傾げるラヴァーソウル。
細で頬を突く仕種は、正にぶりっ子そのものだ。
「だってぇ、今は私が言い出したことに過ぎないでしょぉ? だから押し付けでぇ、未だ契約じゃないのよぉ。力を行使したいなら契約を。つまりあなたも――」
「同意をしろということね。あなたの要望に同意をしろと。最後まであなたの茶番に付き合えと、そういうことを言いたいのでしょう?」
「ピンポンピンポォオオオン! そういうことぉぉぉ」
ふふ……そんな簡単なことで、神の力を使えるなんてお安い御用だ。
契約やら約束やら堅苦しいことを口にしているが、先の通り私はラヴァーソウルを手放すつもりなどないのだ。もはや条件としては無いに等しい。
そして曲がりなりにも契約ならば、私が約束を無下にしない以上、ラヴァーソウルは決して手を引くことはできない。
先程は逃げることを許さないと言ったが、もはや許す許さないという話ではなくなった。
これで私は完璧なる美を得られたも同然。
ストレスフリーの人生イージーモードに突入したという訳だ。
「そんなに言うなら仕方ないわ。苦渋の決断だけど、しょうがないからラヴァーソウルのままごとに付き合ってあげるぅ」
なぁんて、本当は願ってもない申し出なのだけれど。
「もぅ……ぜぇんぜん渋るお顔には見えないわぁ。でもぉ、これにて契約成立ねぇ。神の力を貸してあげるからぁ、代わりに私を楽しませて頂戴ねぇ」
「もちろんですとも」
ラヴァーソウルは改めて、友好の右手を差し出した。当然わたしは握り返す。
手を取り合う人と神。鏡台に映る姿は真実か、それとも――