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ゆる☆ころ

 仕事を終えた帰り道の途中、ラヴァーソウルと共にドラッグストアに立ち寄った。

 この歳になるまで興味の薄かった化粧品コーナーの一角で、並ぶ商品とにらめっこをする。


「早速すごい意気込みねぇ。でもとても感心。お金は溜めるものではなく、美容に注ぎ込むものなのだからぁ」


 私は今の今まで、給与をひたすらに溜め込んでいた。晩酌程度が趣味の私は、給料のほぼ全てを貯金に回していた。

 うちの会社は初任給といえども世間相場の倍近くはある。ボーナスも羽振りが良く、今となっては年収で高級車を買えるくらいにはなった。

 

「わ、分からない。ラヴァーソウル……私はいったい何を買ったらいいの?」

「本当はもっと良いところのお店に行くべきかしらぁ。でもまぁ、初心者さんならお試しからでもいいわねぇ。まずはメイクの基本、スキンケアから――」


 あれよあれよと、瞬く間にカゴに積まれていく化粧道具。

 総額は毎月の光熱費の倍額くらいにはなったが、これが安いのか高いのかは美に疎い私には計り知れない。


「ラヴァーソウル……これは安い方なんだよね?」

「ぜぇんぜん安いわぁ、ちょー激安よぉ。それにお金をかけるのは化粧品だけではないのよぉ? 服に美容院にエステに整形。世の中もっともぉっと、お金をかけている人はいるのだからぁ。脱毛や矯正にホワイトニングもあるしぃ、お金は幾らあっても足りないくらぁい」

 

 な、なんてこと。美の頂点とはそれほどまでに高き壁なのか。


「でもぉ、幸い愛美は歯並びも良いし、お毛毛も薄めぇ。上も、下もね☆」

「み、みみみ、見たの!? ラヴァーソウル!」


 目を細めるラヴァーソウルは艶やかに笑う。

 まったく油断ならない女だが、しかし改めて見るとラヴァーソウルの美は完璧に思えてしまう。

 垂れ目と細すぎる体躯は好みがあるとして、肌の白さやきめ細やかさ、まるで痛みのない滑らかな銀髪。まったくもって隙がない、まるで人形のような完璧さ。

 そのことがラヴァーソウルを、この世の者とは相隔てた神たる証明となっているのかもしれない。

 完璧の手本が目の前にある。そして手ほどきまでしてくれる。それだけで私は強力なアドバンテージを持っている。

 有り余る貯金と美の指標があれば、私の目指す頂点も決して不可能ではない。


 そうしてラヴァーソウルの指導のもと、一か月の時が過ぎた頃には、私は見違えるように美しくなった。

 外見――道行く人々が振り返る。元からやせ型ではあったし、俯き気味の歩き方も正してスマートになる。

 毎日鏡の前で続けた笑顔の練習で、ぎこちなさの抜けた自然な笑みを引き出せるようになった。

 内面――美を磨くほどに自信が溢れ、性格自体を前向きにした。

 そしてトーク力。友達のいなかった私にとって最大の弱点であったが、ラヴァーソウルという同居人を得たことで、会話力もぐんぐんと向上していく。


 そんな私の劇的変化を追うごとに、徐々にオフィスでは声を掛けられる機会が増えはじめる。

 その効果はコミュニケーションの枠を飛び越えて、些細なことを持て囃され、業務上のミスも甘くなる。

 美人とはかくも世の中を生き易いものなのだと、この時はじめて理解できた。


 しかし同時に湧き上がる視線の数々。オフィスを共にする女子社員たちの、嫉妬に満ちた醜い眼差し。

 それだけならまだ良いのだが、態度は次第に行動に移り変わる。

 デスクのペンが無くなることからはじまり、連絡事項が私にだけ回らず、果てはロッカーの中に水をぶちまけられる。

 美人は生き易いのは確かだ。しかし美人をして侮れないもの、それが女性社会。

 次第にいじめはエスカレートしていき、そのことがストレスで、朝起きた私が鏡台を前にした時だった。


「な、なにこれ……」


 顔には一つの吹き出物。

 ストレス性のニキビが、私のおでこにぽつんと一つできていた。


 ゆ……

 ゆる……ころ……ゆるころ。


 許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ許すまじ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


「私の完璧なる美貌にぃいいい! なぁんてことしてくれたんだぁあああ! 雌豚どもがぁあああ!」

「怒るとぉ、余計に肌が荒れちゃうわぁぁぁ」

「ラヴァーソウル! でもでも! 私のおでこに吹き出物がぁあああ!」


 騒ぎ立てる私を前にして、身を乗り出したラヴァーソウルは微笑みながら、私の額に冷たい掌をかざした。

 それは時にして一秒足らず。そして白い手が額から離れると――


「うそ……吹き出物が消えてる」

「お忘れぇ? 私は化粧師でもなければぁ、アドバイザーでもないのよぉ? 人知を超えた奇跡を起こせる麗しき女神なのぉぉぉ」


 これは……今更ながらラヴァーソウルは神だった。

 つまりラヴァーソウルの奇跡を使えば、遥か高みに見えた美の頂点も、憎き雌豚どもへの報復も、そして東条江恋の恋心さえも、私は私の思うままの世界を生きることができるんだ!

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