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22/41

類友

 人を殺すって。殺すことでしか、快感を得られないだなんて。そんなこと――


「じょ、冗談……ですよね?」


 なんて言っておきながら、そんな冗談は許されない。そして、現状を前にして決して冗談とも思えない。

 だけど困る。これが冗談でないのなら、私の恋心は途方に暮れてしまう。


「こういう個性は少ないから信じ難いかもしれない。だけどね、尊重してもらいたい。二次元を愛した恋愛癖を持つ愛子なら、きっと理解できる。少数派(マイノリティ)の君ならば、僕の個性を理解できると信じてる」


 なぜ私の過去の恋愛癖を、恋治先輩が知ってるの?

 友香なのか京介か、それとも同じ中学の誰かが、私を妬んで漏らしたの?

 しかし幾らなんでも、偏愛と殺人を比べるなんて、そんなの冗談ではない!


 恋治先輩の父親は、恐らくここに妻を監禁した。そして殺したんだ。

 友香はきっと殺される。それはつまり……私も殺すの?


「あ……あぁ……」

 

 ここでようやく私は、置かれた状況に気付きはじめた。

 目の前の恋治先輩が、愛しいと慕い続けた男性が、今はただただ恐ろしい。

 脅えた私は振り返ると、もう片側の扉に向かい一直線に駆け出した。

 しかしそこは禁忌を封じる部屋で、絶対に開いてはいけない、禁断の扉だった。


「う……うぅ……」


 扉の先は地獄だった。

 確かに私は奴等の死を望んだ。死んだそれらは役に立ち、それを評価して、おふざけ半分抱き締めたいとすら思えたのに。

 いざ凄惨なる骸を前にしてしまえば――


「げぇぇぇえええぇぇぇ」


 胃の中身が逆流し、膝を落としてその場で嘔吐いた。

 瞼を閉じても漂う臭気は、一目見ただけの惨状をありありと脳に映し出す。

 震える私の肩に触れる冷たい感触。

 恐る恐る振り向くと、まるで悪意の伴わない、無邪気な笑みを咲かせる早乙女恋治が、蹲る私を見下ろしていた。


「ひぃぃぃ……」

「驚いたかい? でも安心して。見分けはつき辛くなってしまったけれど、彼女らは愛子の敵だった者たちだよ」


 なんで……どうして……なぜ恵美と千秋が恋治先輩の家にいるの?

 だって彼女らは、ラヴァーソウルが始末したはずでは……


 ――――そう――――そうじゃないか。


 ラヴァーソウルは一度だって殺害を肯定したことはない。私の勝手な想像に、ただ妖し気な笑みを返すだけだった。

 ラヴァーソウルは恵美と千秋に裁きを下してなどいなかった。始末したのはこの男、恋治先輩しかありえない。


「彼女らは愛する愛子を侮辱した。愛子以上に、彼女らは僕の敵だった。だからこうして、愛子をいじめた罪を奥で反省しているんだ」


 そんなことって……おかしいよ。

 千秋への報復だったらまだ分かる。しかしなんで恵美まで?

 あんな酷いことをしたのだから、恵美の方が罪深いって?

 いや、そうじゃない。だって、だってだって――


 恵美の失踪の時点では、私たちは愛し合ってはいなかった。私は愛してはいたけど、愛し合ってはいなかった。

 少なくとも恋治先輩からしてみれば、連絡先を交換した程度の間柄。

 今になって殺害したのならまだ分かる。だが恵美の失踪は、まさに連絡先を交換した当日のこと。

 関係の薄いあの時点から、私をいじめたことに対しての報復だなんて、そんなことはありえない。

 嘘を吐いているのか? 単に殺人衝動に駆られて、殺した理由を私の為と言い換えているだけなのか?

 しかしそうは見えない。彼は本当に私に対してだけは嘘を吐いていないのかもしれない。だとすれば、残された可能性はただ一つ。


 恋治先輩は、はじめから私を好いていた。

 いや、それよりずっと前から私のことを愛していた。

 人とは違う恋愛癖を持つ私なら、己の歪んだ性癖を打ち明けることができると、分かち合える存在になれると信じて。


「わ、私をこれから……どうする気ですか?」


 彼の歪んだ性癖は殺人で、人を殺すことで快感を得る。同じ性癖を持つ父は、当然血の繋がった親であるということだ。

 当たり前のことに思えるが、それはつまり子供として恋治先輩を儲けているということ。

 妻はすぐには殺されず、出産まで至っている。つまり恋治先輩の目的は、私に子供を産めということなの?

 でも結局のところ、母親は殺されているに違いない。


「恐れているね。分かるよ愛子。僕が君を殺すかもしれないと、そう考えているんだね。でもね、それは大きな誤解だよ」


 ち、違うの?

 彼も、彼の父親も、意中の者を本気で愛していたというの?


「僕一人では自慰なんだ。やはり性交は、愛する者と共にしたい」

「……え?」


 共にって……え?

 でも彼の性交に当たるものは殺人で、それを共にってことは、やはり私を殺すことと変わりないのでは?


「愛子を殺すなんてことはしない。それはされる側で、する側じゃない。性交は共に”する”ものだ。彼氏とセックスした女の子は、彼と”した”と言うだろう? ”された”なんて、そんなのはレイプだ。愛する者にすることじゃない」


 それって、受動ではなく能動ということ。

 つまり私に殺されて欲しいのではなく、一緒になって――殺して欲しい。


「だから一緒にしようよ、愛子。愛子ならきっと分かってくれる。二人でナイフを手に取って、津雲さんに入刀するんだ。共に切ろう、共に剥がそう、共に抉ろう。そうして僕たちは愛を紡いでいくんだ」

「あ……あ……」


 慄く私を前にして、恋治先輩は首を傾げる。

 悪びれる様子は一切なく、見当違いなところで心を遣わす。


「どうしたのかな? やっぱり初めては緊張するかい? でも大丈夫、ちゃんと僕がリードするから。だから愛子、僕の言うことを聞いて欲しい」


 愛する者の為ならば――


 財産など放棄しよう。友の縁など切り捨てよう。私の全てを捧げよう。彼の為ならなんでもしよう。それであなたが手に入るのなら。

 それはとても尊い想いだけど、私の愛した恋治先輩への想いに他ならない。


 あなたの為ならなんでもする。

 この言葉、守る必要のない時があるって知ってる?

 取引としての場合は駄目だと思う。互いの合意の上の契約ならば、断ることはできないよね。だけど――


 愛する恋人の為なら。

 信頼する友の為なら。

 尊敬する恩人の為なら。


 これらの条件は前提が覆されれば、守る必要はなくなるの。

 言い換えれば――


 優しく、思いやりのある彼。だから愛している。

 そんなあなたの言うことなら、なんでもする。

 勇気があり、弱者を守る友達。だから信頼する。

 そんなあなたの言うことなら、なんでもする。

 聡明で、誇り高い恩人。だから尊敬する。

 そんなあなたの言うことなら、なんでもする。


 恋人や友、そして恩人。

 彼らの提示する”なんでも”が、愛し、信頼し、尊敬する理由を改め、失望させる内容ならば、なんでもする為の前提自体を消失させてしまう。

 金を盗めと、人を殴れと、仮にそう要望したのなら。彼らは優しくもなく、勇気もなく、聡明ですらない。だから愛さない、信頼しない、尊敬しなくなる。

 そして恋人でもなければ友でもなく、恩人ですらなくなる。

 そんな彼らの言うことは、聞けない。命すら懸けることができたのに、彼らの言うことを聞けなくなる。

 だからもしあなたが、愛する者の為に責任を感じたとしても、自信をもって、こう答えて――


「あなたは私の心を裏切った! だから愛してなどいない! 全てを捧げる早乙女恋治はもういない! だからあなたの言うことは……聞くことはできない!」


 それは心の奥底の、魂からの拒絶。

 私は愛に生きる柊愛子。故に偽愛に生きるなど、そんなことはできっこない。


「そうか……とても残念だよ」


 己を拒絶されて項垂れる恋治、その心中や如何に。

 言ったはいいが、イコールこれは敵対宣言。考えられることは口封じか、自暴自棄になることもありうる。

 後ろ手にハンマーを握り締め、さてどう出るか。


「本当に、残念で――――ぅ」

「……う?」

「うえぇぇぇええええええん! ひぐっひぐっ、うわぁあああぁあぁぁぁあああん! ひっひっひぐぅぅぅううう……」


 それはまるで子供のよう。

 十八にもなる早乙女恋治は、まるで子供のように泣きじゃくる。

 しわに歪み、大口を開けてよだれを垂らし、鼻水すら憚らぬ泣き面には、もはや女子の憧れる端正な面影は見られない。


「なぁんでだよぉぉぉおおお! うぐっ……あんなに僕のことぉおおお! ひっく……愛してたじゃあないかぁああああああ!」


 愛する人と一緒にいたい、愛する人と一緒にしたい。純粋に私のことが大好きで、振られたが故に悲しむ。

 それは正常な人の心で、早乙女恋治は感情豊か。彼はいわゆるサイコパスには分類されないのかもしれない。

 しかしそれを踏まえても彼の言動は――


「ど、どうかしてる……」


 いい歳して子供のようにだだをこねる。その姿はあまりに異様。

 ずるずると不甲斐なく擦り寄る早乙女恋治は、未練に塗れた穢れた手を私の足に絡みつかせる。


「君はぁあああ! 僕が触れただけで感じていたじゃないかぁあああ! 夜には僕を想って身を捩り、恍惚に浸ってたろぉおおお?」

「なんでそれを知って……」

「頼むよぉぉぉおおお! 君を殺したくないんだぁああああああ! 僕が全てを打ち明けたらぁ、共感してくれないとぉおおおおおお!」


 き……きもい……気持ち悪い……

 私が愛するのは完璧な男の子で、断じてこんな気持ちの悪い男などではない。


「い、嫌よ! 共感できる訳ないじゃない! 私のことは諦めて!」

「うぐっ、ううう……そしたら君を……殺さなくっちゃあならない」

「く……」


 やはり、断ればそうなってしまう。

 全てを知った上で、私を逃さないのは当然の話だ。

 私の武器はハンマーとナイフ、だけどそれで立ち向かえるのか?

 対する恋治はスポーツ万能。戦闘にどれほど影響するかは不明だが、少なくとも腕力で敵う相手ではない。

 頼みのラヴァーソウルも今はアリバイ工作で使えない。しかしそろそろ異変に気付いて、こちらに来てくれるとも限らない。

 なるべく時間を稼ぎたいが、そんな折、ふと私の目には寝台に横たわる友香が映った。そして過る一つの思惑。


 友香を利用すれば、少しは時間を稼げるのでは?


 元は私の嫉妬から殺害を試みようと思った訳だが、今となっては動機はない。友香はもはや、私に殺される必要などないのだ。

 だがこの状況、今すぐにでも恋治の凶行が及びかねない。

 もはや友香に恨みはないが、これは緊急避難。生きる為には、友香を犠牲にしても許されるはず。

 心は売らず、表面上だけ恋治に同意をし、共に友香を殺める。

 その内にラヴァーソウルが来てくれるかもしれない。若しくは決定的な隙が見つかるかもしれない。

 面と向かって対峙するより、遥かに安全といえるはず。

 よし、そうしよう。これは正当防衛で、仕方のない行いだ。

 第一、私が恋治への興味をなくしただけで、友香が私を裏切った事実は変わりないのだから。


 …………


 …………ほんとに、そうなのか?


 友香は恋治が好きなのか? 私たち二人の仲を、本当に引き裂こうとしたのか?

 上辺の恋治に騙されて、ラヴァーソウルの笑みにも引っ掛かり、そんな私の思い込みが、果たして本当に正しいのか?

 考えろ、愛子。事実だけを見て、考えろ。

 友香は私の親友で、私の為に身を呈した。それは紛れもない過去の事実。

 最近の友香の変化は眼鏡を外したこと。恋をしたからと決めつけたが、たかが眼鏡の着脱なんて、誰にだってありうる些細な事柄じゃないか。

 そして私の恋を都度妨げたこと。それはまさか――


 友香は早乙女恋治の犯行に気付いていた、若しくは疑惑を抱いていた。

 これは憶測で、証拠なんてまるでない。

 しかし冷静に考えれば、友香の性格上こちらの方が遥かに自然だ。

 そしてそれらの誤解を信じてしまった、とある言葉とは――


 ”きっと、友香は愛しているのねぇ。とても深く愛している”


 ラヴァーソウル。

 濁してはいるが、あの女が発したこの言葉が思考の余地をシャットアウトした。

 しかし恋の女神が言う以上、友香は誰かしらを愛しているのかもしれない。

 では友香は何者を愛していたのか。そんなのは、決まってる。


 私だ。私しか、いないじゃないか。

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