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お家デート

「愛子……なんてことを」


 友香を見下ろす恋治先輩の顔には険しさが宿る。だがその表情は次に恐れを孕ませて、そして軽蔑へと移り変わっていくのだろう。

 私に言い返せることなど何もない。血塗れの友香を前にして、助けるでもなくナイフを振り上げ、間違えたもくそもあるはずない。

 視線を浴びることがとても辛い。私はただただ俯き、目を背けることしかできなかった。

 腰を落とした恋治先輩は同じ目の高さに。顔を覗かれることが耐え難く、私は咄嗟に目を瞑る。

 罵倒されることも覚悟したが、恋治先輩は語ることも問い詰めることもせず、ごそごそと妙な物音がするのみだ。

 目を合わせることに気は引けたが、恐る恐る瞼を開いてみる。


「れ、恋治先輩? 一体何を……」


 物音の正体。それはボストンバッグをまさぐる音。

 部活動で使う大きなもので、恋治先輩は空いたバッグのスペースに――


 友香の体を詰め込みはじめた。


「さすがに頭までは入りきらないか。タオルを被せて隠すしかないみたいだね」


 い、いやいや、いやいやいや……

 恋治先輩は何をしている? 友香を病院にでも運びたい?

 そんな訳はないだろう。だったら救急車を呼べばいい。

 恋治先輩の行動は友香を遺棄しようとするもので、それはつまり私を守ろうとしてくれているということ。


「ま、待って恋治先輩! それでは共犯になってしまう! それだけはやめて!」


 必死に肩に縋りつくも、恋治先輩は淡々と作業を進めていく。


 まずい……嬉しいが、まず過ぎる。

 手を触れる前ならラヴァーソウルを利用したアリバイが使えたが、これではもはや手遅れだ。

 私は未だ無罪になることもできるが、恋治先輩はそうはいかなくなってしまう。アリバイも無い上に友香に触れて、私用のボストンバッグを使ってしまった。

 これはもう、ラヴァーソウルに全てを頼む他にない。死体や証拠、それらを丸ごと全て、神に隠滅してもらうしか無くなった。

 しかし未だラヴァーソウルは、どこぞでアリバイ作りをしているはず。携帯端末も彼女に持たせている以上、私から連絡を取ることもできない。

 ならば恋治先輩の携帯だが、そもそもラヴァーソウルに操作方法が分かるのか。


 とにかくそれより今は、誰かに見つかる前に隠れることが先決だ。

 ラヴァーソウルに会うまでは、誰一人にもバレてはならない。


「恋治先輩、隠れましょう! とにかく誰にも見つからないところに身を潜めて、そうすれば私には一つ方法があるんです!」

「分かった、僕もそのつもりだよ。身を潜めるのにいい場所があるんだ。ここから歩いて十五分程はかかるけど、愛子も付いてきてくれ」


 幸い恋治先輩は冷静だ。その点はとても頼もしい。

 だがその前に一つ、やるべきことが残されている。


「まず友香に止めを。移動中に叫ばれでもしてしまったら――」

「いや、それはできない」

「なぜ!?」

「これ以上、この場に痕跡を残す訳にはいかない。君に案があるように、僕にも一つ案があるんだ。とにかくこの場で殺してしまえば、全てが瓦解してしまう」


 そんな……私の案の方が絶対不解決なのに。でもその案が神の力だなんて、説得するには信憑性が無さすぎる。

 何より今この場で、これ以上もたもたしている訳にはいかない。とりあえずここは友香の意識が虚ろな内に、早々に立ち去らなければ。


「分かりました。とにかく一旦、この場を離れましょう!」


 恋治先輩は取っ手を背負うようにしてボストンバッグを担ぎ上げる。

 飛び出る友香の頭にはタオルを被せるが、出で立ちはあまりにも不自然だ。

 友香の姿こそ見えないものの、端から見れば怪しさ満載。それに友香は細めとはいえ、体重だって四十半ばは下らない。

 そんな友香を担いでしまえば、速く歩くことだって難しい。


 私は先導し、人の気配を確かめて合図を送る。途中何度かひやりとする場面もあり、正直生きた心地がしなかった。

 前方を行く私だが、行き先は恋治先輩のみぞ知る。言われた道筋を進む訳だが、途中まで差し掛かると、私はこれから何処へ向かうかが次第に分かりかけてきた。

 過去には幾度も通った道。最近は怪しまれないように慎んでいたが、今でもマップのストリートビューで、よくよく散歩気分を味わっている。

 そんなお馴染みで、いつか二人でと憧れた道のり。


 目的地はきっと、恋治先輩の自宅だ。

 恋治先輩の家は片親で、お父様は仕事に忙しくあまり家に帰らない。故にほぼほぼ一人暮らしに近いらしく、確かに下手な場所に隠れるよりか、見つかる危険は少ないかもしれない。

 だが証拠は多大に残ってしまうだろう。不安だが、しかし言うからにはそれなりの方法を考えてくれているのかもしれない。


 辿り着いたのは明かりの落ちた一軒家。常日頃なら愛する者の邸宅を前にして、心は踊りときめきもするだろう。

 だが今は状況からか、闇に包まれるその家が、何故だかとても不気味に思えた。


「さ、上がって」


 私はストーカーではないのだから、さすがにここから先は未知の領域。初めてのお家訪問がこんな形になってしまうとは……悲しい気持ちに満たされる。

 しかし駄々をこねても仕方がない。促されるままに家に上がると、中は隅々まで綺麗に整頓されていた。

 いや、整っているというよりかは、簡素と言った方がいいかもしれない。必要最低限の家具のみの味気ない内装は、乱そうにも乱しようがない。

 母親のいない家庭は、こうも味気なくなるのだろうか。

 しかしそれより、友香にはいつ止めを刺すのだろう。ようやく屋内に辿り着いたとはいえ、騒がれれば近所に気付かれるとも限らない。


「恋治先輩、友香の処理は……」

「大丈夫だよ、ここならね」


 足を止めたのは、何の変哲もないただの廊下。

 しかしよくよく目を凝らせば、床板には不自然な継ぎ目付いている。


「地下室ですか?」

「正解。ここなら騒がれても音は外に漏れないよ」


 床板を外すと、光を吸い込む暗がりが続いていた。

 生臭く鉄臭い、異様な臭気が溢れ出す。

 その闇の真相は狭き階段。


 正直に言えば下りたくない。

 覗くことすら憚れる、呪われた井戸の底に降りるような、見てはならない禁忌を覗くような、えも言えぬ不吉を孕んだその階下。

 恋治先輩に先を促されるが、断る理由も無いし、仕方なく階下へと降りていく。

 手摺りもなく壁は冷えていて、触れた手から体温と共に生気をも奪っていく――そんな気がした。


 階下の鉄の扉を開いてみると、打ちっぱなしのコンクリートの無機質な部屋が広がっている。天上から垂れる頼りなげな照明が私たちの影を揺らす。

 向かいには扉がもう一つ備わっていて、そして何より目に付くのは、部屋の中央にある金属製の寝台。

 その寝台の四方と、そして胴部と頸部に当たる部分には、革製のベルトが備え付けられている。


 嫌な予感しかしない。

 部屋に入るなり恋治先輩は鍵をかけ、ボストンバックを床に投げ下ろすと、ジッパーを開封した。

 中からはごろんと友香の体が転がり出る。

 朦朧とする意識の中、微かに呻く友香の姿。そこに少しの違和感を感じたが、それもこの後の展開を見ることで、頭の隅へと追いやられてしまった。

 恋治先輩は友香を担ぎ上げると寝台に寝かせ、手際よく順々に枷を嵌めていく。


「れ、恋治先輩? 一体これは……」


 何がなんだか、分からないままでいたかった。分かりたくなかった。だから私はおとぼけた。だってこんなの――拷問台じゃないか。


 そんな忌まわしきものが、なぜ恋治先輩の家にあるのだ。

 そして初めてとは思えないその手付き。

 恋治先輩、あなたは一体……何者なの。


「驚いた? そりゃあそうか。でもね、この部屋は僕の父が用意したものなんだ」


 恋治先輩のお父様が? 確かに家の間取りの一部なら、父親が関与していることは確かだろう。

 この部屋は父親の意図で作られたもので、ならばその目的とは。


「お父様のお仕事で?」

「いや、違うよ。あくまで早乙女家のプライベートだ。この部屋はね――」


 ”母さんの部屋なんだよ”


「お母様の……お部屋って……」

「父にはとある傾向があって、それが僕にも遺伝した。僕はね、人を殺すことでしか快感を得られない、特異体質の人間なんだ」

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