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打ち切り

 完全犯罪という言葉を耳にすれば凄い響きに聞こえるが、それ自体はなんら難しいことではない。

 例えば窃盗。誰にも見られず映らずに、それが仮に食物であれば、消化してしまえば証拠は残らない。

 例えば暴行。白昼堂々に人を付き飛ばせば犯罪だが、満員電車の中で誰か一人を無差別に、強く体をぶつけたところで、環境に伴う偶然と思われておしまいだろう。


 つまり気付かれさえしなければ、完全犯罪など常にこの世に横行している。

 しかし人ひとりを消すとなると、大きく訳が違ってくる。

 科学捜査が発達した現代に於いて、小説などに載る面白トリックなど、いとも容易く見破られてしまうはず。

 ならばそもそも殺人を発覚させなければ良い訳だが、コンクリート詰めにして海に放逐、なんて手間は一高校生には現実味がない。

 おまけに友香は今をときめく女子高生で、社会的に孤立した人間でもなければ、失踪自体の発覚が早い。となると十分な後処理をする時間も望めなくなってしまう。


 結論。

 殺害を目的とした完全犯罪は不可能だ。


 だが、それは人知においての話だ。

 仮に殺害の手法が未だ人類の知らぬ方法であればどうだろう。

 人形に釘を打ち込めば、紙に名前を書けば、はたまた念じただけで殺せれば。それはもう犯罪ではない。何故ならそれらの殺害行為を裁く法律がないのだから。

 私が念じたから死んだんですと、警察を前に述べたところで捕まることもないし、下らぬジョークと相手にすらしてもらえないだろう。

 つまり完全犯罪はおろか無罪。未知の方法で殺してしまえば、それは罪の審議にすら掛けられないのだ。

 そんな夢物語だが、私はその方法を持っている。念じて殺せるほど手頃ではないが、ラヴァーソウルの協力があれば、私にとって殺人は罪ではない。

 そもそも罪人は友香の方であり、私の行いは正当な裁き。つまりこれはなんら違法性のない、合法的な死刑と同様。


 そのことをラヴァーソウルに話してみるも、残念ながら自らが手を下すことはしないとのことだった。

 恵美と千秋を消した癖に、あくまでシラを切るとは煩わしい。

 しかし千秋の際に見せた私の姿を真似るという手法で、私の姿を公に残すことはしてくれるそうだ。

 であればそれで十分。私の存在が幾多の人物や映像の記録に残るのであれば、殺した友香の死体をそこらに放逐したところで、私が捕まることはあり得ない。

 ただ一つ、現行犯で捕まりさえしなければ。

 となれば足跡がつくような形で友香を呼び出す訳にはいかないが、私は友香の行動ルートなら熟知している。

 普段から使うコンビニ、お気に入りの書店、通っている塾さえも。そして毎週土曜には遅くまで塾に残り、自習に励むことも知っている。


 土曜の夜の二十二時過ぎ、友香は駅前の塾を後にする。

 そしてバスに乗り、既に私の待ち構える処刑場まで二十分足らずで訪れる。

 あまりもたもたしていると警察に補導されかねない。迅速に殺して、すぐにその場を立ち去らねば。

 本来なら手間取る死体の処理も、私は放置で構わない。


 その間ラヴァーソウルには、これみよがしに街のカメラに映ってもらう。親に近所に店員に、あげく道を尋ねがてら交番にも立ち寄らせる。

 そしてラヴァーソウルには携帯端末も持たせることにした。神に携帯電話の操作は不慣れだったが、位置情報だったら残しておける。

 そもそも私が通信機器を持てば、せっかくのアリバイも矛盾する。あからさまなアリバイだが、中途半端になるよりかはよほど良い。

 もう少し明確な証拠を残したいところだが、指紋や声紋に筆跡が完全に一致するかまでは分からない。

 精密な捜査の前では端末の認証システムが通る程度では心許ない。万一違えば、こちらも矛盾が生じてしまい、余計な疑いを掛けられることになってしまう。

 だから映像と記憶のみを残すのだが、しかし鮮明にくっきりと焼き付ける。

 ラヴァーソウルの変装はまつ毛の一本まで、正確に私の姿をトレースする。

 一高校生の編集や特殊メイクなどでは不可能な領域であり、この証拠さえあれば私を犯人とは断定できない。

 これで完璧。そして私は親友を失くした悲劇のヒロインとして、更なる寵愛を受けることになるだろう。


 私は予め友香の降りるバス停の少し先、公園沿いの道脇で友香の通過を待つことにする。公共の交通機関は使わずに、傍目には私だと分からぬ変装を施して。

 殺害方法は単純明快だ。後頭部をハンマーで強打し、倒れた友香の急所にナイフを突き刺す。

 どれだけ血が噴き出すのかは分からないが、念の為に着替えも持ってきた。

 凶器や血に塗れた衣類くらいは、ラヴァーソウルの創り出す神社の亜空間にでも隠させてもらうことにしよう。

 単純だが計画性も薄い分、警察は突発的かつ無差別な犯行としか思うまいよ。


 物陰に潜む間、ふと見上げると、冴え渡る夜空には輝く星々が浮かんでいた。

 私がいじめの瀬戸際まで追い込まれた時、家にも居られず、孤独を感じていた私の下に、夜遅くにも関わらず友香は走って来てくれた。

 そして、こんな星空を見上げながら話をしたんだ。

 たくさんの星々が煌めく中で、その中にはきっと、愛子を見つけてくれる星がいるんだと。それは存外、近いところにあるかもしれないと。


 友香の言う星はきっと京介を指していて、友香はその時から京介の好意には気付いていたのだろう。

 だけれど私は隣でささやかに瞬く京介より、一際輝く早乙女恋治という、巨大な恒星に憧れた。

 魅惑の引力は私を強く惹きつけて、そして私は周囲を回る、数多の衛星の一つとなり果てた。

 しかし今や屑星たちを払い除け、このたび晴れてこの私も、つがいに相応しき恒星となる。共に光を放ち合い、恒久の輝きを得んが為に。

 妙なる銀河に友香はいらない。しかし今まで助けられていたのも事実は事実。

 友香に残る最後の良心として、せめて苦しむ間も与えずに、速やかに殺害しようと心に決める。


 そしていよいよ、その時は近付く。

 遠くにうっすらと人影が見えてきて、街灯はまばらだが、月明かりが照らすシルエットは間違いなく友香のものだった。

 決意を胸に宿しハンマーの柄を握り締める。

 容赦はしない、すればかえって友香を苦しめる。

 そして物陰から飛び出た私は、鈍重なハンマーを渾身の力で振りぬいた。


 狙いを定めたのは後頭部。固い頭蓋なはずなのに、なんともいえない嫌な感触が手に残る。

 地面に転がる友香は、まるで潰れた芋虫のように痙攣を繰り返している。微かな呻き声も聞こえるが、恐らく意識はほとんどないだろう。

 だが生きているのなら、生存の確率があるのなら、私は最期までやり切らねばならない。予定通りナイフで突き刺すか、もう一撃ハンマーを振り降ろすか。

 いや、やはりナイフにしよう。友香は可愛い女の子なのだ。潰れた頭を世間に曝すなんて、あまりにも可哀そうだ。

 せめて死に顔は美しく、豊満な胸に思い切り、ナイフを突き刺して終わりにしてあげよう。


 蹴り転がして仰向けにしても、友香は全く抵抗する様子を見せない。

 冷たいアスファルトを背にして、夜空を見上げる友香の瞳。

 私も同じく天を見上げると、あの時と同じに沢山の星が瞬いていて、友香もこの星の一つへとなるのだろうと思うと少し切ない。

 友香の視線は虚ろで、もはや私の方は見ていない。

 今にも届きそうな星空にナイフ掲げると、刃の銀色が月明かりを照り返す。


 さようなら、友香。

 せめて私と知らぬまま、安らかに生涯を終えて頂戴――


「やめるんだッ!」


 黒染めの闇夜の中で、私の頭だけが白色に染まった。

 突然の叫び声。殺害未遂の現場を見られてしまった。

 しかしそれよりなにより、私を未曾有の混乱に陥れた理由は他にある。


「れ、恋治先輩……なぜここに……」


 なぜ……どうして……よりにもよって……なんでこの人に見られてしまうの。

 力の抜けた手からナイフが滑り落ち、同時に私は膝から崩れ落ちた。

 終わった、全てが終わった。言い逃れなんてできない。

 警察から逃れようが、世間の目を欺こうが、早乙女恋治ただ一人に見限られてしまえば、罪の有無など関係ない。


 柊愛子の恋愛劇は、今この瞬間をもってして、打ち切りとなってしまった。

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