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不屈の精神

 津雲友香は月詠高校に通う二年生だ。大人しくも見えるが美に溢れ、年頃以上の発育が彼女の悩み。

 リーダーシップもあり成績も優れ、女子はそんな友香に憧れを抱き、男子は美と色気に魅了される。

 そんな友香は中高ともに生徒会に所属し、その日も企画考案で学校に残る。諸々を終える頃には最終下校時間が差し迫り、慌てて学校を後にする。


 陽も沈み、夜道を歩く友香の心は――ほんのりと温かかった。


 浮かぶのは親友の愛子のこと。

 彼女は一時、偏愛から危機的状況まで陥った。当時の人望と信頼を駆使して、なんとか愛子を救い出したが、以降は暗い影を落とし続ける。

 そんな愛子が笑みを咲かせ、今や華やかなる現実の恋をしているのだ。それを心から安堵し、全力で応援したいと友香は願った。


 しかし愛子の恋した相手は、早乙女恋治という超人だった。

 一見すれば完璧だし、爽やかで善良な男にも見える。でも実際のところは分からない。甘い匂いに誘われる女を、食い物にするような男かもしれない。

 その考えはイケメンへの偏見に近いが、友香は生徒に教師に街行く人に、常日ごろから舐めるように視姦される。

 男性への警戒が強く、そんな中での愛子の早乙女恋治への恋心。弄ばれないことを祈るばかりだった。


 帰りのバスに揺られること暫くして、とある女が乗車する。

 それは見覚えのある厚化粧で、まさに今日、愛子を呼び出した性悪女、サッカー部のマネージャーの吉野恵美だった。

 後方に着いていた友香は顔を伏せる。恵美に覚えられているかは分からないが、何か絡まれるのも面倒だと。

 だがどうにも恵美の様子がおかしいのだ。友香は伏し目に様子を伺いはじめる。


 化粧が崩れ、ぐずぐずと泣きじゃくる恵美の姿は見苦しい。

 だがこんな時間に、一体どこに向かおうというのだろうか。夜遊びをするとしても駅とは反対、この先には何もない。

 愛子との一件が頭を過るが、愛子の家だって別方向。あるのは友香の自宅と、そして同じバスに乗り合わせたこともある早乙女恋治の家だけだ。


 関わりの薄い三年の恵美が、二年の愛子を呼び出すなど、おかしな気はしていた友香だが、それにはきっと早乙女恋治が関与しているように思える。

 すると案の定、恋治の乗降するバス停の名が呼ばれると、恵美は車内のボタンを押したのだった。

 少し気掛かりではあるものの、この時の友香はわざわざバスを降りてまで確かめることでもないと感じて、静かに恵美の背中を見送る。

 啜り泣き、街路の暗がりへと消えていく小さな恵美の後ろ姿。

 そしてそれが友香の見た、恵美の最後の姿だった。


 二日後、恵美の行方不明が噂された。だが実際は一昨日の夜の時点で既に行方をくらませていたらしい。

 その日はちょうど、恵美とバスで居合わせた日。つまりあの後すぐに、恵美は行方不明となったのだ

 暗がりの中で、何者かに襲われた可能性もある。

 しかしそれ以上に早乙女恋治が関わっているように思えてならない。

 不安だ、愛子は本当に大丈夫なのだろうか。早乙女恋治は本当に皆が思うような、憧れの人間なのだろうか。

 一抹の懸念が友香の胸中に宿りはじめる。


 日曜日、友香のもとに京介からのメッセージがあった。

 なにやら話したいことがあるとのことだが、その日は友香にも出掛ける予定があったので、お昼までならと京介の話を聞くことにした。

 会えばいつもの京介だが、少しばかりの陰りも見える。そして京介の話とは愛子のことについてだった。

 聞けば昨日、愛子に告白して振られたという。それだけならばどこにでもある、よくある失恋話の一つだ。

 よしよし京介、新たな恋でも見つけなさいと、そうアドバイスでもすれば済む話。


 しかし京介は、失恋を慰めてもらいたかったのではない。そもそも京介という男は、失恋を誰かに漏らすタイプでもない。

 京介は愛子の様子がおかしいと、振られたことは悲しいが、それ以上に愛子の言動が気に掛かると。詳細までは口にしなかったが、相当な言動で罵られたようだ。

 つまり京介は、愛子の異変を相談したのだ。


 おかしい、確かに変だと、友香は思考を巡らせる。

 愛子はそもそも恵美のような、不良を相手に平然を保てる人間ではない。おどおどと友香の陰に隠れる、それが悪いということではなく単に気弱な人柄ということ。

 そんな愛子が狼狽えもせず、その後の様子を見る限り、きっと恵美に打ち勝ったのだろう。

 加えて京介を振った辛辣な言葉。早乙女恋治に恋してからというもの、愛子の言動は異常だった。何者かに取り憑かれ唆されたように、人柄そのものが乗っ取られているように。


 京介とはいったん別れて、用事の為に駅へと向かう。

 拭えぬ不安を胸にホームに立つ友香だが、ふと向かい側を見てみると、そこには早乙女恋治の姿があった。

 その隣に駆け寄るのは、友香も雑誌でもちらと見たことのあるモデル。確かコマチといっただろうかと、そう考える友香の耳に、ホームを挟んで微かに会話が聞こえてくる。


「恋治――学校――だっけ――?」

「そう――月詠――したの?」

「さっき――あの子――かな?」

「そう――――愛子――」


(なに? よく聞こえない! 愛子が、どうしたっていうの?)


 ――――ください。


「黄色い線から離れてください」


 アナウンスに意識が戻ると、目の前には回送電車が過ぎていく。

 驚いた友香は尻もちをつき、眼鏡はホームの隙間に消えていった。

 回送電車が過ぎ去る頃には、既に向かいのホームには電車が止まる。

 ぼやけた視界を上に向けると、そこには窓際に立つ恋治の姿があった。その目は隣のコマチではなく、己に対して向けられていると、友香はそのように感じた。


 そこから二日が経ち、水曜の朝のこと。ニュースでは再びの行方不明の報道がなされた。

 消えたのは伊邪那美町在住の二十代女性、小野千秋。コマチの名で活動するファッションモデルだが、それを調べてみると、酷い炎上に見舞われたようだった。

 そしてこの小野千秋も早乙女恋治と面識がある。やはり恵美の件も合わせて、恋治が何かしら関わっているような気がしてならないと、友香は更に不安を募らせる。


 愛子はちょうどその日から、サッカー部の正式なマネージャーとなった。友香は愛子の幸せを奪いたくない。しかしそれ以上に愛子の安全を願っている。

 早乙女恋治は軽いだとか浮ついてるだとか、そんな乙女を悲しませる程度の可愛げのある個性を遥かに超える、とんでもない化け物なのだと、友香に恐れを抱かせた。

 部活に集まる愛子だが、そこを友香は呼び止める。

 しかし愛子は揺るぎなく、まるで成長を自負するかのように、誇らしく胸を張る。

 だけれど、愛子のそれは成長ではなかった。恩人である京介を傷付けてまで得る自信だなんて、高慢以外の何物でもない。


 その日の夕方過ぎ、帰りのバスを待つ友香は、唐突に背後から声を掛けられた。

 振り向いた先に立つ者は――


「津雲さん、だよね。生徒会の」


 早乙女恋治の爽やかな微笑み。

 けれど友香の背筋には寒気が走った。目の前の整った笑顔の裏には、実はどす黒く醜い、歪んだ性根を隠している。

 それを友香は直感的に理解した。


「な、なんの用でしょうか」

「いや、特に。時折バスで見かけていたけど、話してみるのもありかなぁって。同じ学校の生徒なんだし、ね」


 一体なんの思惑で近付いたのか。ホームで姿を見られたこと、友香に会話の詳細は聞こえなかったが、それを恋治がどう捉えているかは分からない。

 実はあの時に聞いてはならない会話をしていたのではと、恋治はそれを友香に聞かれてしまったと、そう思っているのではと。

 恐怖に怯える中で、友香は必死に思考を巡らせる。


「私……何も聞いてません」

「あぁ、駅のホームのことだね。それなら何も問題はないよ。大した話はしていなかったしね。そんなことより――」


 ぐいと、恋治は友香に顔を寄せる。

 誰しも見惚れてしまう端正な顔立ちが眼前にあって、仮に何も知らないならば、ときめきの一つでもしただろう。

 しかし友香は後ろに退く。目の前の男が危険だと本能が警鐘を鳴らしている。


「君ぃ、愛子の友達だよね。今日の部活でも、愛子とちょろっと話してた」

「愛子に何を……」

「何かしてるのは君の方じゃないかなぁ。愛子と僕の中を引き裂こうとしている。そんな風に思えるよぉ。どぉして君は、そんな酷いことをするのかなぁ」


 見られていたこと、それはまだいい。

 しかし会話の内容を聞かれていた。恵美と千秋、消えた二人のことが頭を過る。

 足はがくがくと震え、全身の毛穴がぞわぞわと逆立つ。

 この場から逃げ出せと、脳が全力で警告している。

 汗ばむ拳を握り締め、意を決した友香は――


「私、知っています。恵美先輩と小野千秋さんの件、知っています。愛子には関わらないでください。私の大切な親友です。手を出したら、絶対に許さないんだから!」


 証拠はないが、友香は確信していた。目の前の男が、早乙女恋治が恵美と千秋を消したのだと。

 理由は分からないが、臭いで分かる。この男の体からは余すところなく、血に塗れた死臭が滲み出ている。


「ふぅん、そうなんだ。でも、それは無理だと思うなぁ。愛子と僕は愛し合っていて、愛子は永久に僕のものだ。証拠もなければ、君にできることは何もない」


 早乙女恋治は止まらない。

 友香が許そうが許すまいが、恋治を止めることができない。

 しかしその前に、友香には一つの疑問が浮かぶ。

 それは止めるとか止めないとか、それ以前のそもそも論。


「なぜ、なんで愛子なの!? あなたほどの人間ならば、愛子じゃなくても他に幾らでも女を作れるはず。なんであなたの矛先は愛子に……愛子以上に恵まれた女だっているはずじゃ――」

「いないよ。愛子以上の人間はこの世にいない。僕にとっても初めてなんだ。きっと愛子なら、僕の全てを理解してくれる。だからね、愛子のことは諦めて」


 ロータリーにはバスが訪れ、過ぎ去った後には友香の影だけが残る。敗色濃厚な戦いを前に、途方に暮れてしまったのか。

 いや違う、友香の目は朽ちてはいない。過去のいじめから今に於いても、友香は親友を守り続ける。

 いかなる危険が及ぼうが絶対に友を見捨てはしない。それが友香の不屈の精神。


 そういう意味では友香もきっと、二人となんら変わることはないのだろう。

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