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禁断の果実

 結局その日は好きだとか付き合うだとか、そういう話には至らなかった。慈しみに溢れる聖域で、そんな話は野暮だった。

 ただただ心に寄り添い癒し合う。神性を帯びた愛の形。


 端からすれば付き合いもせず、良い様にあしらわれる都合の良い女に見えてしまうかもしれない。

 だがそんな風評など構わないし、流れに任せるような交際はしたくない。私たちは絶大なる祝福の下に、結ばれなければならないのだから。

 祝福の場には、それを祝う者も必要となる。

 しかし誰でも良いという訳ではない。有象無象はもちろんのこと、家族でさえも必要ない。

 私に必要なのは親友と、神様がいればそれで良い。


「やるじゃん愛子! 遂に恋治先輩率いるサッカー部の仲間入りを果たしたらしいじゃん! どうよ? どうなのよぉおおお?」

「な、何もないよぉ。まだまだ付いていくだけで精一杯なんだから」


 身を乗り出す遥はぐいぐい迫り、対して私はあわあわとたじろぐ様を演出する。

 しかしやりとりは演技だとしても、嬉しい気持ちは本物だ。遥には面白半分だろうけど、それでも半分は応援してる。

 見渡すばかり敵ばかりの中で、心安らげる数少ない私の居場所。そんな遥と、もう一人は――

 私と遥の戯れを一歩引いたところで眺める友香。いつもは進んで加わるのに、今日はいやに静かだな。


「どうしたの? 友香」

「い、いや……なんでもないよ……」


 とか言いつつ、視線は大きく揺らいでいる。友香は未だに私の恋愛癖を心配しているのだろうか。

 優しい子なのは知っているが、ここまでくると気遣い転じて余計なお世話だ。もはや私と恋治先輩の間には、なんら障害など無いというのに。

 おふざけ半分の遥には、はぐらかしたって構わないけど。真面目が十割の友香には、ちゃんと伝えておく必要があるのかも。


「あのね友香、少し話があるの。ごめんね遥、少し待っててくれるかな」


 嫁を連れ出して何する気だと、嘆く遥を宥めて友香を教室の外へと連れ出した。

 場所は人気のない屋上で、恋治先輩のことを語るなら万一にでも人目につかないところを選ぶことにした。

 外はまるで二人のわだかまりを表すような、淀んだ曇り空が延々と続く。

 絶対に晴らさねば。陽光に照らされなければ祝福は完全なものとはなりえない。


「ねぇ、友香だけにはちゃんと話しておきたいの」

「な、なにかな……」


 私はまっすぐ友香の目を見ているよ。

 なのになんで、友香は目を逸らすの?


「私はね、恋治先輩に愛されている」

「――――あ」


 ようやく目を向けてくれるが、そこに喜びの念は見られない。

 友香の瞳は見開かれて、驚愕と怯えを孕んでいる。


「前に話したよね? 一緒に食事に行ったことは」

「だからといって、好きだとは限らないよ」


 確かにそうかもしれない、そういうこともあるかもしれない。恋心がなくたって、友達と外食くらいは行くかもしれない。

 それを踏まえて私には、恋治先輩の向ける感情が好意であることに確信がある。


「いいえ、愛されているの。その証明が私にはあるの。何故なら私と恋治先輩は身を寄せ合い、そして抱き合ったのだから」

「抱き合ったって――まさか!」


 友香は言葉のニュアンスをはき違えているようだ。

 比喩でも隠語でもなく、本当にただ抱き締め合っただけ。私と恋治先輩との関係は今のところプラトニックなもの。

 しかし性交に劣るかと言われれば、愛に溢れた聖なる行為なのは間違いない。


「慌てないで友香、もちろんその意味じゃないよ。でもね、だからこそ通じあえる。互いに欲しているのは心なのだから」

「う……あ……」


 遂には言葉を失くし、血の気も失せた友香の蒼白。

 まるでそれはラヴァーソウルのような、生気を失う死者の肌色。


「どうしたの? なんだか顔色が悪いようだけど」

「そんなことは……」

「あるよ、友香。自分でも分かるでしょう? どうして友香は……」


 どうして私に嘘を吐くの?


「つい先日、行方不明の報道があったのを友香は知ってる? 二十代の伊邪那美町に住む女性の話」

「知ってるよ、もちろん……」

「その人ね、恋治先輩の知り合いだったの。その前には恵美先輩が行方不明になった。立て続けに二件もの行方不明。恋治先輩の心は傷付いていて、私も両者と面識があった。身の回りで起きる恐怖、そして疑われることへの不安。共有できるのは私だけ。恋治先輩もそれを分かって、私との愛を求めているの」


 話したことも、抱き合ったことも、安易なその場の流れなどではない。そこに至る為の明確な理由があるんだ。

 それを知れば友香だって、薄っぺらな関係と断ずるはずは――


「ただの、寂しさだけかも」

「なっ……」


 この後に及んで……寂しさの……埋め合わせだなんて……


「なんで、なんでそうまでして友香は! 私の言葉を信じてくれないの!? 確かに以前の私は馬鹿だったよ。でもいま話した出来事は妄想でも夢でもない、紛れもない真実なの! むしろこれが好意でない方が明らかに不自然だよ!」

「う……」


 口ごもる友香は項垂れて、顔には暗い影を落とす。

 果たして信じてくれたのか、でも私は友香を信じてる。きっと私たちの恋愛を、いずれ心から祝福してくれると。


「怒鳴ってごめんね、友香。でも少しは分かってくれたかな?」


 今は全てを分かってくれとは言わない。でも少なくとも中立を。

 何も知らない赤の他人だって、この話を聞けば好意があると思うだろう。

 せめて友香も、認めるだけは認めて欲しい。


「ごめん、愛子……」

「ううん、いいよ。分かってくれただけでも嬉し――」

「やっぱり、関わるのはやめよう」


 ”待って”と、そんな声が聞こえたような気がした。

 けれど私は振り返らずに階下へと駆け出した。

 流れる雫は耳を掠め、息が切れても嗚咽は止まない。

 心も体も悲鳴を上げて、それでも私は走り続ける。

 

 なんで、なんでなの? なぜ理解してくれないの、それほどに私は頼りないというの? 私たちは――親友ではなかったの?


 ようやく見つけた私の初恋。それは叶わぬ偽愛ではなく、現実に生きる人を愛すに至った、真実の恋物語。

 一時は幻想の片想いとするも、今や結ばれるすんでのところまで至れたというのに。友香は一体、私の何が気に入らないっていうの!

 あてどなく駆け抜けた先、昇降口を出た空の下には、雲間から差す陽に照らされる女神の姿がそこにあった。


「ラヴァーソウル!」


 飛び込むようにしがみ付くと、優しく受け止め背を撫でる。

 悩める者を救う存在、行きつくところはやはり神様しかいないんだ。


「ラヴァーソウル……聞いて欲しいの、ラヴァーソウルゥゥゥ……」

「えぇ、聞いているわぁ。私はいつでも恋する者の味方よぉ。恋の神の名の下に、全てを曝け出すといいわぁぁぁ」


 そして私は好意に甘えて、涙ながらに全てを語った。

 ラヴァーソウルは静聴するが、ずっと頭を撫でてくれる。思いの内を告白し、心には落ち着きが蘇る。

 そして平静が戻ると同時に、ある一つの感情が芽生えはじめた。

 そして全てを語り終えた後に、耳元に寄せられる艶やかな唇。恋の女神の囁く吐息は、一抹の疑念を燃え上がらせた。


「きっと友香は愛してるのねぇ。とぉっても深く、愛してる」


 それは私も過ったもしもの話で、ラヴァーソウルが言うなら本物だ。

 きっと友香は好いている。


 愛した相手は――早乙女恋治。


 そうだよ、それしかないじゃないか。

 幾らなんだって、今の私の状況で恋をするなという方がおかしすぎる。それでもなお止めたい理由は、恋敵を蹴とばしたいから。

 そして恋愛に心境の変化はつきもので、それは行動にも現れる。

 友香が眼鏡を外したのは攻の心境、入部を止めたのは守の心境。そのどちらも結局は早乙女恋治への恋心に繋がる。


 私はなんてピュアなんだろう。純粋無垢で清らかだ。

 対して友香は蛇だ。私の素直な気持ちを知りながら、忍んで呑み込む狡猾さ。親友の名の下に恋仲を引き裂こうと企てる。

 私を邪魔する者は許さない。友香は当然、遥だって信用ならない。信じる者は早乙女恋治と、神様だけで十分だった。


 無垢を奪い去る禁断の果実。

 唆す蛇には断罪を――

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