儀式と生贄
変化を遂げる伊邪那美の町の景色。それは私の生きてきた僅か十数年の間にも、目まぐるしい速度で移り変わっていく。
道は舗装され、家々は生まれ変わり、町は時代に合わせて進化を繰り返してきた。
変わらないのは町の名前ともう一つ、それが伊邪那美神社。
古くから変わらぬ形で残り続ける町の象徴。鳥居を境に時は遡り、まるで当時を生きるかのような懐旧の念を抱かせる。
ラヴァーソウルとの出会いも神社であったが、伊邪那美神社はまたそれとは違う、厳かな神聖を内包している。
「神社で色恋なんて、バチが当たったりしないかな?」
「それはないわぁ。聖域とは想いを募らせる場所なのぉ。愛と死は中でも尊いとされるものぉ。恋の延長線上である結婚、そして葬儀はいかなる催しより優先されるわぁ。罰当たりはおろか、祝福されるべき行いでしょうねぇ」
確かに、その二つは冠婚葬祭の中でも別格で重んじられる。
恋に現を抜かすな、だとか言うけれど、実際はその恋が生涯において最たる儀式に繋がる訳だ。
恋愛休暇なんてどうだろう。少子化も懸念される訳だし、もう少しこの国は恋に寛容になっても良いのでは?
「じゃあ、私は陰で見てるわねぇ」
「え? この先も見るの?」
「そりゃあ見るわよぉ。神の下に愛を誓うなんてぇ、普通のことでしょぉ? 神に見放された恋なんてやるせなぁい」
それはそうだけれども。こうも身近な存在だと、私の感覚では人に見られるのとなんら変わりはないんだけどな。それにそもそも告白と決まった訳じゃないし。
などと想いを巡らせている内に、いつの間にかラヴァーソウルは姿を消していた。
いないならいないで心細くも感じるが、ラヴァーソウルは正に文字通り、陰ながらに私を応援してくれているはず。
歩を進めれば夕色に染まる石橋に、澄んだ古池が見えてくる。織り成す影は陰陽を表し、鎮まる水面の底では命の鼓動が感じられる。
それは日本の美を織り成す侘寂の世界。不足を良しとする儚き情緒の世界だが、そこに降り立つのは完全無欠の早乙女恋治。
「愛子――」
「恋治先輩――」
いつ見ても、何度見ても我が心を揺り動かす。恋治先輩を前にすると、いつでも私の心には爽やかな春風が訪れる。
黄昏の中で見つめ合う二人。互いが互いを求めるように、通う心に合わせるように、自然と体も引き寄せられる。
恋治先輩は話があると言っていた。からには言葉を語るのだろう。
しかし緩まることのない足取りは、このままでは互いの体をぶつけてしまう。
「恋治先輩――?」
不思議に思って名を呼ぶが、答えることも足を止めることもなく――
彼の両手は、私の体を優しく包んだ。
突然の出来事に、体には痺れるほどの電撃が迸る。
願ってもない極上の悦びだが、この時の私は舞い上がることも、慌てふためくことすらもできなかった。
何故なら栗色の髪が私の頬を掠めた瞬間。哀しみに満ちた御顔が、ちらと目の端に映ってしまったから。
身近で起こる悲劇の数々、きっと不安だったに違いない。この抱擁が愛の表現であれば、どれだけ素晴らしいことであったか。
しかし、この哀愁を共有できるのも私だけだ。そしてこれはある種、恋愛すら超越した遥か尊い想いなのかもしれない。
私の胸中に湧き上がる想いは慈愛。
哀しみを受け入れ慈しむ様に、私は両手を恋治先輩の背に回した。その間は決して語り合ったりはしない。
だけれども会話を超えた意志の疎通が、この抱擁を通じて交わされる。
恋治先輩、私は今あなたと一つになっている。
あなたの心が私の内に流れ、私の心もあなたの心へと流れていく。
好き、大好き、愛してる。そして――
なぁんだ、千秋。
お前の死も十分役に立ったじゃないか。