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女子力

 翌朝、窓から差し込む陽射しは眩しいながらも清々しいものだった。

 何かをやり遂げるということは、大なり小なり人を成長させてくれる。平坦な道は楽だけれど、やはり障害を乗り越えてこそ人の人生。

 千秋に打ち勝った充足感に満たされながら、朝の支度を済ませてリビングへ降りる。


 ダイニングテーブルには既に用意された朝食がある。

 親を尊敬していないと言ったが、特に虐待を受けている訳でもなく、今はこれといって非難されている訳でもない。

 ただ少し余所余所しい、たったそれだけのこと。

 だからこそ両親に対してのイメージは、上がることもなければ下がることもなく、私の恋愛癖を罵った中学時代のままに時を止めている。

 産んでくれたことに感謝しろというのも、なんだかよく分からない。産めば全てが赦される訳じゃなかろうに。


 無言のリビングには、誰が見る訳でもないテレビ番組が垂れ流される。


『昨晩、伊邪那美町在住の二十代女性が行方不明となり、警察と消防が行方を捜索しております。また伊邪那美町では六日前にも、同様に十代女性が行方不明となっており、一連の失踪には関係が——』


 ……千秋も失踪したのか。

 逆上して私を襲いにこなければ良いが、多分それは無いだろう。

 なぜならきっと――


 千秋は死んでいる。


 今回ばかりは自殺の可能性も捨てきれないが、恐らくラヴァーソウルが神隠ししたに違いない。

 しかし今回は恵美と違って、殺したところで何か得る訳でもなし。やってしまう必要はなかったのでは? 

 気になって視線を送るってみるも、ラヴァーソウルはお馴染みの妖しい笑みを浮かべるのみだ。

 いくら神とはいえ、殺害したことを口にするのは気が引けるのであろうか。

 千秋が生きようが死のうがさして変わりはないが、報復の危険性もなくなった訳だし、第一この女は私をチビデブと罵ったのだ。

 死んでくれた方が精神衛生上は有難い。


 さて、そんなことよりも、今日から私は本格的にマネージャーとしての仕事に取り掛かることになる。

 かの恋治先輩の所属するサッカー部だが、思いの外マネージャーの数は少ない。それも今までの恵美の嫌がらせの賜物だ。

 死しても恵みをもたらすとは、ご両親のネームセンスには脱帽だよ。


 授業を終えて放課後になると、サッカー部のマネージャー志望がこぞってグラウンドに集まってくる。

 クラスや学年のアイドルレベルの女子も目に付くが、今の私にとっては恐るるに足らずだ。

 恋治先輩の体の各サイズを目視で測定できるよう、鍛え上げられた私の眼力は、千秋のスリーサイズを瞬時に見極め、そして今、女子力というバトル漫画さながらの数値で測ることができるようになった。


 瀬戸 兎萌――288

 星 久雲母――154

 三浦 辛美――207

 毒島 真亜子――たったの5か。ゴミめ。

 

 あとは測るまでもない有象無象の雑魚ばかり。

 こんな程度ならラヴァーソウルの力を借りずとも――って、女子力……710?

 近いぞ! どこだ!?


「と、友香……」


 背後には私を見つめる友香がいた。

 一体なんのつもりだろう。まさか生徒会に所属する友香が、サッカー部のマネージャーになりたいとでもいうのだろうか。


「ねぇ、愛子にスポーツは向かないよ。止めておいたほうがいいよ」

「スポーツっていってもマネージャーだよ?」

「そう……だけどさ……」


 友香はどうやらマネージャーになりたい訳ではなく、私の入部を引き止めに来たようだ。

 友香は未だに私が、恋治先輩に憧れるだけの夢見がちな少女だと思っているのか。


「友香は私が心配なの? でも大丈夫だよ、私は強くなったから。友香に頼ってばかりだったあの頃の私じゃないんだよ」

「そういう訳じゃ……」


 なんだろう、どうも友香の様子がおかしいな。

 しかしいくら親友の助言であろうとも、私にマネージャーを辞退する選択肢などありえない。


「友香。皆には内緒だけど、私は恋治先輩と二人で遊びに出掛けた。そして毎日やり取りもしている。本当に以前の私じゃないんだよ。だから安心して? これは無謀ではなく、確固たる自信と勇気なの!」

「……そう」


 返事はしてくれるが、なんだか納得しきれていない様子に見える。

 常に私の身を案ずる友香。彼女にだけは後でしっかり説明しよう。


 その後はマネージャーとしての仕事を習っていく。

 内容は飲み物の用意にボール拾いに掃除洗濯、データ管理。思い描くマネージャー像とそう変わるものではなく、運動音痴な私でも問題なくこなせそうだ。

 業務の合間合間には恋治先輩の姿を覗き見る。変わらず美しい御姿だが、なにやらプレーがあまり映えないようにも見えた。

 だがそれもそのはず、身近で二人も失踪したのだ。

 いくらラヴァーソウルが人を消すのに有用とはいえ、恋治先輩の精神影響を鑑みると、あまり乱発できるような代物ではないかもしれない。


 練習も終わって帰宅時間を迎える。恋治先輩の周りには当然のように、女共が群がり黄色い声を上げている。

 見ていて決して気持ちの良いものではないが、その合間にふと私に、アイコンタクトを送る恋治先輩。

 困ったもんだと、きっとそういう風に伝えたいのだろう。その意思疎通があるだけで、私は一人優越感に浸れた。


 少しでも長く恋治先輩といたいと、そういう思いから所属したサッカー部。

 しかし話せる時間という点で見れば、思いのほか今までと大差はないようだ。

 下校も結局みな一緒で、おまけに私は陽気なキャラクターでもないのだ。静かに黙って、恋治先輩と仲間たちの後を付いていく。


 伊邪那美駅前まで辿り着けば、ここで皆とお別れだ。ここから先は各々バスや電車で帰宅する。

 解散した後に、私は一人バス停で佇んでいると、一つのメッセージが届いた。


『愛子。少し二人で話したい。伊邪那美神社の境内で待ってる』


 まさかと、心臓が飛び跳ねた。

 しかし冷静に考えてみれば、きっと恵美や千秋の件に決まっているだろう。とはいえ人気も少ない神社の境内に呼び出すだなんて、何かあったっておかしくはない。


「愛子ぉ、これが告白であれ何であれぇ、正念場であることに変わりはないわぁ」

「うん、分かったよ。ラヴァーソウル」


 ロータリーにはバスが訪れるが、私はバスに背を向けて、恋治先輩の待つ約束の場所へと向かったのだった。

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