不純物
ふあぁっと、大きな欠伸を一つ、眠気眼を擦ってベッドから身を起こす。
昨日も夜は遅かった。夜更かしは美容の大敵であるので早く寝た方が良いのだが、まぁこればかりは仕方がない。
夜更かしの理由は思い出に浸っていた、という訳ではない。それはそれで後の楽しみにするとして、問題はあのモデルの方。
雑誌でもちょこっと見たことがあり、悔しいが容姿で言えば格上だ。
背も高いうえに細いしスタイルは抜群。私と同じくらいの顔の大きさが、あの長身に乗っている訳だから、相対的にもかなりの小顔だと言えよう。
さすがにモデルの端くれだけあって、私をチビデブと言ってのけるだけの容姿は持っている。
SNSを見ればフォロワーもそこそこいて、”今日も皆さんにとって良い一日でありますように”とのこと。
人の気分を害しておきながら、片腹痛いとは正にこのことだ。
奴がいつ、この私を訪れてくるかは分からない。
だがラヴァーソウルいわく近い内にと言っていた。数百年を浅い歴史と言い切るラヴァーソウルの近いの一言が、一般的感覚と同一であることを祈ろう。
一分の隙もなく容姿を整え、そして学校へと向かう。これまでの私の歩き方は生き様を表わすように俯いていた。
しかし相手がモデルとはいい機会だ。背筋を伸ばし真っすぐと、今の私を象徴するかのように、一歩一歩確実に美の階段を上っていく。
「愛子って、ここ最近すごく可愛くなったよね」
教室で会うなり、真っ先に出た友香の言葉がそれだった。
そんなことないよと、口では言いつつ私自身もそう思う。
まだまだモデルと同レベルとはいえないが、表情も明るくなり、一般的美的感覚では間違いなく向上したと自負している。
「恋は人をなんちゃらって、本当なんだなぁ」
そうだよ、遥。あなたも恋をすれば、いずれ間違いなく美しくなる。
それが真実の愛ならばね。
「それより友香」
「何? 愛子」
「いつもの眼鏡はどうしたの?」
友香のトレードマークの一つである眼鏡。それが今日は掛けられていなかった。
もう一つの象徴はいわずもがな、苦しむシャツのボタンが物語っている。
「ええと、これはね――」
「色気づきやがったなぁ、友香め! お前はこの遥の嫁だというのにッ!」
「それはないから」
ばっさりと友香、過剰なショックを受ける遥。
まぁ私を飽きさせることのない、愉快で楽しい仲間たちだ。
「前々からコンタクトに変えたいと思ってたのよ。特に深い意味はないの」
「そっかぁ。でもそっちの方が可愛いよ。友香もとっても可愛くなった」
それは私の本心で、お世辞ではなく本当に友香は可愛くなったと思う。
ただ一つ、眼鏡を外しただけでこの違い。もし美貌に全力を注いだら、人はどれだけ美しくなることができるのだろう。
「世の中には眼鏡っこ好きもいるんだぞ。友香は眼鏡巨乳という希少なアイデンティティを自ら捨てたんだ。そもそも友香は古風な雰囲気に魅力があって、眼鏡もやめるわ、最近は時計もスマートウォッチに変えるわ、近代化の波に吞まれて……うんたらかんたら――」
遥の熱弁するアイデンティティ。もちろん冗談なので真に受けたりはしない。
だが心の内を言わせてもらうと、どこぞ知れない相手に発信するアイデンティティなど、恋愛においてはまったくの不要物だ。
必要なのは意中の相手を射止める美であり、それだけあれば他の全ては不純物といえる。
そんな感じの日常が過ぎていき、昨日の恋治先輩とのデートが校内で噂となっていることもなさそうだ。
このまま何の変哲もない平常運転……かと思いきや、そうは問屋が卸さない。
それは下校時間のこと。校門の前に立つ一つの人影。
あからさまにガンを飛ばし、この私を高みから偉そうに見下ろしている。
ファッションモデルのコマチ。本名は小野 千秋。
昨夜調べさせてもらったよ。三大美女を気取る唐変木め。
「おい、止まれよ。チビ」
当然、私は止まらない。
私の名前はチビでもデブでもないのだから、止まる義理などありはしない。
「そこのロボットみたいな歩き方してるチビ! お前だよ!」
くどいようだが止まらない。
とはいえ相手からすれば無視しているも同然で、千秋は私の肩を掴むと、力強く引き寄せる。
あわや重心を持っていかれそうになるが、それを堪えて振り向き様――
「私、チビではなくて愛子といいます。柊愛子、月詠高校の二年――」
「聞いてないんだよ、んなこたぁ。他に聞きたいことがあるからさ、そっちを答えてくんないかな」
まったく、人の話を聞かない女だ。感情を抑えきれないタイプだと見える。
ここは一つ冷静に順を追って少しずつ、確実に息の根を止めてやることにしよう。
「お話はこの場で、ですか?」
「いや、ここは良くないね。付いて来なよ、その短い豚の足でな」
ふ、ふふふ……
どうやら早死にしたいようだな。いいだろう、抹殺してやるよ。
この社会に二度と復帰できないよう、死より悍ましい社会的制裁を与えてやる。




