断捨離
「ラヴァァァソォォォオオオル!」
「怒ると皺が――」
「できてもいいッ!」
怒号を飛ばされて、しょんぼりと眉を垂らすラヴァーソウル。
いや、こいつは元々垂れ眉だった。反省しているようにはとても見えない。
「今回という今回は、さすがに聞く耳持たないわッ! たぁあああっぷり絞ってやるから覚悟なさいッ!」
「いやん。私、これからしぼられちゃうのぉぉぉ? しぼってもお乳は――」
「でなくていいッ!」
ふざけやがって。なんつぅことしてくれたんだこのアバズレがッ!
よりにもよって私の大恩人を傷付ける真似しやがって。
ラヴァーソウルの腕を引っ掴むと、強引に愛部屋へと連行する。
以前にラヴァーソウルは途轍もない握力を垣間見せたが、今はさすがに私の圧に怖気づいたのだろう。というか、そうであって欲しいと願うばかりだ。
部屋に連れ込み、体ごと腕を放ると、くるりと円を描いて優雅に椅子に収まるラヴァーソウル。
立ちはだかる私を前にして、愛玩動物のような眼差しで見上げるが、そんなことでこの一件を許してなるものか。
「いいか、よく聞け――」
私自身、よくぞここまで口が回ったものだと思う。
京介との出会いから人柄、私を救ってくれたいきさつ、加えて合間合間の罵詈雑言。それらを恐るべき早さで口にする。
舐め腐ったとぼけ面に全てが伝わったかどうかは分からない。
しかし俯き黙るラヴァーソウルには、些かの反省の色が見えて――
「美容院、忘れてなぁい?」
「あ……あぁぁぁああああああ!!!」
しまった! なんてこった! 我を忘れて美容院の時間も忘れていた!
せっかく人気店を予約できたというのに、きっとこの後の予約はパンパンだ。
「ど、どうしてくれるのッ! これも――」
「私のせいぃ?」
見上げる首を白々しくも傾げるラヴァーソウル。
当たり前だろうが。この女、またしらばっくれるつもりか。
困り顔とも挑発とも取れる面持ちで、ラヴァーソウルは一つ大きく息衝いた。
「はぁぁぁ……ちょぉっと失望だわぁ。あなた、怒れば恋治のことなどすぐに忘れてしまうのねぇぇぇ」
「何でッ! 忘れたのは美容院で――」
「同じことでしょぉお? 恋治の為の美なのだからぁ」
「それは、その……」
あれほど饒舌だった私の口が、途端にその動きを鈍らせる。口内はまるで砂漠のように乾き、瞳は潤いを求めて泳ぎ回る。
「それにぃ、どうでもいい男のことをぺらぺらとよく喋ること。まぁ、愛子としては恋治との恋に失敗した際、保険として使えるかもしれないものねぇ」
「な、なんてことっ!」
強がりつつも怯む私を前に、肢体をうねらせ立ち上がるラヴァーソウル。その姿はまるで神話の怪女、半蛇身のラミアーを彷彿とさせる。
「私はぁ、覚悟の話をしているのよぉ? 恋治の為に全てを擲つ覚悟。それはおありぃ? 恋敵は如何なる手段も使うのよぉ。友を裏切れば仲間を売るし、金も貢げば犯罪ですら躊躇わなぁい。あなた、私がいるからと油断してなぁい?」
何を馬鹿な。私が恋治先輩を想う上で油断など――
「愛子が京介を利用できる器ならぁ、私も口を挟まなかったぁ。恋治の嫉妬心をくすぐる位には使えるからねぇ。でも愛子は善意で相談に乗ったでしょう? 京介の為だけに動いたでしょう? 駄目よぉぉぉ。愛子の時間は有限で、全てを恋治の為に捧げるべきよぉ」
油断など……していたかもしれない。
私はラヴァーソウルの言う、絶対や安心の言葉に油断した。でもラヴァーソウルの行動は、恋の魔法で悩みを解☆決って訳じゃない。
あくまで私の言動を促し、補助し、機会を作り出しただけに過ぎない。それらを駆使して、100%の実績を築いてきたに過ぎないんだ。
ラヴァーソウルをもってして、無差別に恋心を抱かせる魔法は使えない。
慢心すれば私は負ける。覚悟が無ければ、恋治先輩を射止めることなどできやしないのだ。
「正直言えばぁ、京介のことは悪いと思うわぁ。でもそれがあの子の為でもあるのよぉ? あやふやな関係ではなく、はっきりさせてあげないとぉ。でないと、あの子は高校の青春すらも、無意味に過ごしてしまうことになるわぁ」
「あ……」
そ、そうだよ。そうじゃないか。私は叶わぬ恋の辛さを、嫌という程経験してきたじゃないか。
なのに好意は伝えるだなんて、私はそれを無意識の内に京介へ。
京介の恋が叶うことはない。叶えばそれは私の敗北を意味する。
ラヴァーソウルの罵倒は酷いものだったが、私の想いはそれ以上に残酷だった。京介を真に想うのであれば、私ははっきりと伝えなければならなかったのだ。
最後の優しさ。それをもって私は、京介への想いも手放す。
想いの詰まった記憶の引き出し。丁寧に畳まれた想い出も、袖が通らぬのであれば無用の長物。
「さて、雨が降る前に出掛けましょう? きっと、今の愛子にぴったりのお洋服が見つかるわぁ」




