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柊愛子の場合

挿絵(By みてみん)



「やっぱり恋治(れんじ)先輩ってかっこいいよねぇ」

「どうやらさ、まだ彼女はいないみたいだよ!?」

「とは言っても、恋人がいないからって――」


”付き合えるかどうかは別の話”


「なんだよね」

「はぁぁぁぁぁぁ……」×3


 皆の憧れの早乙女(さおとめ) 恋治(れんじ)は、私たちの通う月詠高校の先輩だ。

 すらりとした長身に、アイドル顔負けの目鼻立ち。頭脳明晰でスポーツ万能、上げはじめたらキリがないほど長所だけしか出てこない。


「私たちみたいな一般庶民には到底縁がないってことよ」

「だよねぇ――って……愛子? どした? 難しい顔なんかしちゃってさぁ」

「あ、あの……私は好きなの。恋治先輩のことを本気で……」


 親友の友香(ともか)(はるか)は、まるでコントのように互いの顔を見合わせて、示し合わせたかのように頷き合うと――


「おいおいおいおいおい!」

「まじまじまじまじまじ?」


 ぐんと身を乗り出して、私に驚き顔を近付けた。


「うん、割とまじ……」

「や、やめときなさいって!」

「そうだよね……私ブスだし……」

「いやいや……愛子は可愛いけども、さすがに恋治先輩は別格だって!」


 眼鏡の奥の吊りがちな目尻が、今は萎れたようにへたっている。そんな友香は小学生からの付き合いで、親友と呼ぶに相応しい友達だ。

 親友ならば恋の一つくらい応援しても良さそうなものだが、友香の意見は百パーセント善意であると、私はとある事柄を通じて知っている。


「おいおい、友香! やってみなきゃ分かんないじゃんよ!」

「ちょっと遥……愛子に適当なこと言わないでよ」

「いいか、愛子。当たって砕けろだ!」


 そう言って拳を突き出す小麦肌の活発女子。彼女はもう一人の親友の遥。

 高校に入ってからの出会いだけど、明るくムードメーカーな遥とは、たった一年ちょっとで親しくなれた。

 

「なんで二人とも、フラれる前提で話すのかなぁ……」


 しょぼくれる私を、いつもの友香だったらお腹いっぱいの慰めを掛けてくれる。

 だけどこの日の友香は少し違って、豊かな胸をつんと張ると私に指を突き付けた。

 

「いい? 愛子。恋治先輩のことは芸能人だと思いなさい! 芸能人は実在するけど、半ばフィクションのようなものでしょう。付き合うとか結婚するとか、そういう次元の相手じゃないの!」

「実際さ、恋治先輩って芸能人みたいなもんじゃん? モデルの仕事やってるし」

「この前も雑誌に出てたよ。親御さんも成功されてて、業界にも通じているらしいんだって。片親みたいだけど……」

「うはぁ! さぁすが愛子! 細かくチェックしてますねぇ」

「でも、それで分かった? 恋治先輩とは住む世界が違うってことを!」

「あうぅ……」


 皆に言われなくたって、頭ではとっくに理解してる。

 でも実際に口にされると、どうしようもなく胸を締め付けられる自分がいる。

 

 そんな私、(ひいらぎ) 愛子(あいこ)の恋愛は、かなり特殊な部類だと自覚している。

 初恋は中学二年生で、恋した相手はエドワードだ。外国人でも好きになったのかって? そう思うのが普通かもしれない。

 でも事実はそうじゃなくて、エドワードは日本語を喋るし、ある意味で純粋な日本生まれともいえる。


 なぜならエドワードは――アニメのキャラクターだから。


 日本の作家を親に持ち、日本の制作会社に育てられる。そんな架空にしかいないエドワードを、私は心から愛してしまった。

 これを二次元コンプレックスだとか、フィクトロマンティックだとか言うらしい。だけれどそんな専門用語を連ねたところで、好きな気持ちは止められない。

 どうしようもなく好きだった。実際に会えないことが何よりも苦痛で、普通の人間を好きになるべきだと自分に言い聞かせた。

 だけど考えれば考えるほどに気が病んで、想えば想うほどにのめり込む。気付けば愛するエドワードに想いを馳せて、恍惚に浸る毎日が続く。

 そのことが世間に知れてしまった時、両親は私を異常だと罵った。当時の友達は他人に変わり、更に周りに言いふらして、いじめの直前まで追い込まれたこともある。


 そんな私を救ってくれたのが、京介(きょうすけ)と友香の二人だった。

 京介は友香以上に付き合いの長い、いわゆる幼馴染に当たる男の子。その二人がいじめの渦に溺れる間際、私を岸まで引き上げてくれた。

 二人とも陰気な私と違って中学でのスクールカーストでは別格の人間。そんな二人が底辺の私と、これみよがしに親しくすることで、クラスの皆は何も言い出せなくなった。


 でもそれは上辺だけで、裏ではなんと言われていたのかは知らないし、知りたくもない。だけれど表面上では私の恋愛は無かったことになった。

 その後は勉学に励んで二人の進路に合わせることに。努力の末に入学した月詠高校には、私の過去を知る者はほとんどいない。そうして遂に私は平穏な日常に戻ることができたのだ。

 しかし、今でもそれは続いている。私の恋愛癖は消えはせず、密かに今も続いている。私は決まって、ある共通の対象を好きになってしまう癖がある。


 その正体とは――手の届かない存在。


 私の好意の対象は、紙や画面を隔てた手の届かない存在だった。アニメのキャラクター、漫画のキャラクター、それにゲームのキャラクター。

 きっと私は、ただの一つの落ち度もない、完璧な男の子が好きなんだ。現実にはありえない完璧さを、フィクションのキャラクターはものの見事に満たしてくれる。

 だけど当然、それらのキャラクターには会えない、話せない、そして触れられない。完全無欠であるが故に、彼らはフィクションの中にしか存在し得ない。


 そんな不可能と思えた私の恋も、此度ようやく転機が訪れる。それが早乙女恋治という男性だ。

 高校生になってようやく、リアルな人間を好きになれた。自分を偽る訳でもなく、心の底から好きになれたと喜んだ。

 現実を生きる恋治先輩は確実にそこに存在し、話せもすれば触れることだってできる。


 しかしそんな喜びも束の間、私はすぐに絶望を知ることになる。

 完璧なる者というのは、それがリアルであろうがフィクションであろうが、結局は手の届かぬ存在だと、それを思い知らされたからだ。

 愛する恋治先輩の周りには学園のアイドルやら、他校で噂のミスコン女王やら、私より可愛く陽気な女子が、ごまんと群がり持て囃す。

 そのうえ恋治先輩はモデルとしての仕事もしている。華やかなるステージには一学区のアイドルなど足元にも及ばない、無数の美女たちがひしめき合っているに違いない。


 近くにいても届かない、見えない壁を隔てた遠い存在。恋治先輩もやはりアニメのキャラクターとなんら変わらない、別世界の住人だった。

 友香はそれを分かっていて、あの時の悲惨な私に戻らないよう、こうして釘を刺しているのだろう。


 ふと窓に目をやると、そこには校庭で部活動に励む恋治先輩の姿があった。

 躍動する四肢に首筋を伝う珠の汗。そのどれもが美しく尊くて。それが自分のものにならないと思うと、何か暗く淀んだものが腹の内に溜まっていく、そんな気がした。


 日の沈みゆく伊邪那美(いざなみ)町、憧れの恋治先輩に想いを馳せる夕暮れの帰り道。

 日中は慕情(ぼじょう)に高揚することが多いけれど、夕方以降は憂いが(まさ)って気が沈む。

 虚ろな面持ちで歩いていると、ふと心がざわめくような妙な気配を感じた。浮いた意識が体に戻り、ふと顔を上げてみると――


 仄暗い朱殷(しゅあん)に染まる鳥居が、じっとりと私を見下ろしている。


「あ、あれ? こんなところに神社なんて、あったっけな……」


 毎日通う通学路なのだから、道は体が覚えている。迷うことなどないはずだが、それにも関わらず、私は目の前の鳥居にまったく見覚えがなかった。

 怪しく佇む鳥居の脇には、ゆらゆらとはためく”のぼり”が立ち、布地には私の気を引く六つの文字が記されている。


 ”十割恋愛成就”


「十割の恋愛成就って、つまり100%恋が叶うってことなの?」


 私の住む伊邪那美(いざなみ)町は、旧くからの伝統の残る由緒ある町で有名だ。よって神社は数多くあるけれど、十割成就だなんて、そんな大層な縁結びの神社は生まれてこのかた耳にしたことはない。

 過剰広告を超えて胡散臭いにもほどがある。だから行くだけ無駄だろうし、ともすれば騙されかねない、そんな不利益を被るかもしれない。

 だけど今の私は神にも、そして悪魔にすら(すが)りたい気持ちで、万が一にでも効果があるなら試してみたいと、そう感じてしまった。

 理性は無駄だと警鐘を鳴らしている。しかし募る恋心が、自然と私の体を鳥居の奥へと誘うのだった。

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