Red Rain ①
今回のテーマ曲はPeter GabrielのRed Rainです。後半部分のお話に合うかなとイメージしました。
おばあさまのところへ行く前に、英さんの師匠でもある箭内さんにご挨拶がしたかった私は、英さんが店先に車を回して来る間に、厨房を覗いた。
箭内さんはシーラーでお菓子を袋詰めしていた。
「そういうお仕事、私にもできますか?」
手を止めてこちらを見た箭内さんも一瞬、固まっていた。
「聞いてはいましたが… 若女将が立っているのかと思いました」
「英さんのお母さん…ご存じなのですね」
箭内さんは頷いた。
「統ちゃん…英の父親ですが、とのなれそめから知ってますよ… とても嬉しいです。英と一緒になってくれると伺って…」
「箭内さんは英さんにとって父親みたいな人と聞いています。私のようなどこの馬の骨か分からないような者でよろしいのですか?」
「アイツにはね。よく冗談で『ワニでもいいから嫁さん連れてこい。証人になってやる』と言ってたんですよ」
「ワニ? ですか?」と私は吹き出してしまう
ちょうど英さんが入ってきたので、箭内さんは彼を捕まえて続けた。
「コイツが中三の時、『店を自分の代も続けたいから弟子入りさせてくれ』って言ってきたんです。 それからは朝は3時半にボイラー点けて学校へ行くまでオレの下働き、学校終わると飛んで帰ってきて、接客や片付け。店を閉めてからようやく和菓子の仕込みの勉強。
それを高校卒業するまで、ずーっとやってました。
今時じゃない学校生活を過ごしたコイツが逆に心配でね。 ほら、顔だけみたら、リア充でしょ? なのに、あまりにも女っけがないから出戻りのオレの娘に面倒見させようかと思ったくらいです」
箭内さんに腕を掴まれている英さんがバツの悪そうに頭を掻いているのを見ていると、私は何だか不思議な気持ちになった。
「英さんを育てていただき本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」
と箭内さんに深く頭を下げた。
箭内さんは口をグニャグニャに結んで、英さんを小突いた。
「死んだ母ちゃんと若女将の両方を思い出してしまいました。冴子さんですよね?」
「あ、冴でいいです」
箭内さんは腕で英さんの頭を抱え込んで言い含めた。
「冴ちゃんを泣かせたら、破門な!!」
その言葉がストン!と私の胸に刺さって、涙が一筋、頬を流れてしまった。
「どうしよ… 私がオヤジさんから 破門されちゃうよ…」
両手で顔を覆った私に、英さんは肩を貸してくれた。
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私達からの報告を聞いたおばあさまは私を下にも置かないような勢いで抱きしめた。
私はベッドのサイドレールに手を掛けて、なるだけおばあさまに体重が行かないようにしていたのだが、気が気では無かった。
「ばあちゃん!ダメダメ!」と声をかけながらスタスタと看護師さんが歩み寄って来て、後ろからおばあさまを支えた。
昨日の方だ。
「スグル! ちゃんと見てあげなきゃ!」
「姉ちゃん」
ようやく重心を戻すことができた私は看護師さんに首から上でコクリと頭を下げた。
「改めて見ると…確かに、今日子さんだ」
やはり身内の方なのだろうか…
「加奈子さんは覚えているものね」とおばあさま
「はい、あの事故の時、私はもう、10歳でしたから」
怪訝そうな私に、胸のネームプレートを見せて看護師さんは答えてくれた。
「私は箭内の娘で加奈子と言います。よろしくお願いします」
「ああ!! オヤジさんの娘さんですか! こちらこそよろしくお願いします」
「このコ、マザコンだから… 動機はそういう事かもしれないけど…」
「ちょっと!姉ちゃん!!」と口を挟もうとする英さんを目で制して加奈子さんは話し続ける。
「間違いなくアナタの事を大切にするから… コイツが赤ん坊のころから見ている私が保証する!」
「そう言えば、オムツ替えの時、覗き込んだアナタの顔に英がオシッコを掛けたわね」
「はい! 小1にして凌辱されました アハハハハ」
「止めてくれよ~二人とも」
「アンタには保つほどの面目はないよ! こんなにイケメンなのにね~」と私に同意を求めた。
「英さんはおばあさまに似て品のある顔立ちをされていると思います」
加奈子さんは英さんの頭をひっ捕まえてワシャワシャした。
「品がいいってさ! 良かったねー 今まで以上に他の女子には目をくれないように! アンタのそういう誠実なところ、姉ちゃん好きだからさ!」
仲の良い二人を見ていると… 例えかりそめでも、私なんかがカレの隣に立っていていいのだろうか…
そう思ってしまった。
ピンク色の婚姻届けの証人欄をおばあさまに書いていただいた。
「私の戸籍謄本をまだ取っていないので、すぐには出しに行けないのですが…」
嬉しそうなおばあさまに言い訳するのが辛かった。
いっそ、本当に提出したくなってしまった。
英さんがそっと肩を抱いてくれる。
「冴ちゃんはもう、英の大切なお嫁さんです。私からも改めてよろしくお願いします」
とおばあさまから頭を下げられて
私は俯きたくなる気持ちを一所懸命に立ち上げて明るく言った。
「これから、嫁として思いっきりお世話いたします。至らないところばかりで申し訳ないのですが、どうかよろしくお願いします」
おばあさまの手を取って、深く頭を下げた。
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お風呂から上がってきた英さんの前に立ち塞がって
「客間にお布団を2組敷きました。今日から一緒に寝てくださいね」
と言い放った。
英さんの目が泳ぐ。
「アナタのお部屋は不可侵にしています。それだけでもありがたいと思って下さい」
と言い重ねて
私は英さんのパジャマの袖を掴んで子犬の散歩のように客間へ引っ張って行った。
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ふたりして無言で明かりの消えた天井を見ている。
「ねえ!」
声を掛けても埒が明かなそうだったので英さんの布団へ転がって行ってやった。
「私をお嫁さんにしている間は…してもいいよ」
ガバっ!と起き上がりそうになった英さんの上にのしかかる。
「乱暴なことは… しないで…」
そっと目を閉じてみるが反応がない。
ため息をついて片目を開けた。
「オトコが好きってことはないよね」
英さんは布団から半分顔を出して頷く。
「だって、無理にお願いした…事だから…」
私はまたため息をついた。
「優しい気遣いをくれるのなら、クルクル変わる女の子の気持ちも一所懸命、考えてね。
今日は私からしてあげる」
私は彼の布団をそっとめくって、口づけした。
「分かった」と引っ込めてしまったカレの頭を撫でてやりながら
おやじさんや加奈子さんの言ってた事は本当なんだろうなと
私は思った。
イラストは…少し後の話ですが、JKにメイクしてもらった冴子さんです。
前半部分は糖度上げましたが、後半部分は、冴子さん、苦しみます。
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