The Stranger ①
今回のテーマ曲はBilly Joel のThe Strangerです。
私は、その時、節子さんをどうお呼びしようか迷っていた。
節子さんはさっき、ご自分の事を『おばあちゃん』と言ってらっしゃったが、私は心の中でそう呼んでみて、しっくり来なかった。“背筋が伸びていない” そんな気がした。
なので、節子さんに籐の椅子をおすすめするときに
「おばあさま こちらへお座り下さい」
と声を掛けた。
お加減が悪いのに、おばあさまはやはり背筋を伸ばしてお座りになる。
やはり、私とは違う佇まいの人だ。
私なぞは、際まで短くした制服のスカートでう●こ座りしてタバコを吸っていた輩だ。格が違う。
私は住職様に向き直って改めてお願いした。
「やはり、私はこちらにお墓を建てたいのです。 私は下卑た人間なので失礼を顧みずやってしまうのですが…」
とキャリーバッグから例の帯封された札束を取り出して、住職様の前の座卓に積み置いた。
「ただ、決していい加減な気持ちではないですし、この金額で済むとも思ってはいません」
「あなたが…」と言い掛けて住職様は言い直した。
「冴子さんがいい加減なお気持ちでない事は、もちろん初めから分かっていますよ。ただ、
あなたのお墓の面倒を見てくれる方はいらっしゃるのですか?
先程も申し上げたように、ここは潮と硫黄に晒される街です。
お墓だけではなく、家や車や自転車や服や…それこそ生活のすべてに手を掛けなければいけません。そしてこの街の人々はお互い助け合いながらそれを連綿と行っているのです」
「それは…よそ者に入る余地は無いという事ですか?」
住職様は首を振った。
「そうではありません。 冴子さん… あなたもここで生きてみてはどうですか? 最近話題の“終活”も今を生きてこその事でしょう?」
「住職様」と呼び掛けたおばあさまのお声がはかないので心配になった私はお傍へ行こうと腰を浮かせた。
「そんなに難しいお話をなさっては…」
おばあさまは近づいてくる私を手で制して続ける。
「冴ちゃんが可哀想… だから私が…」
マズい!! このご様子はただ事ではない!!
私の五感がそう訴える。
肩で息をしたおばあさまは
「冴ちゃんはウチで面倒をみます」と告げて、前のめりになった。
飛び込んでおばあさまを抱きとめた私は「救急車!!」と叫んだ。
住職様が受話器を掴む。
だけど、私の腕の中でおばあさまは薄目を開けておっしゃる。
「だいじょうぶ… ただ、後で… 家まで送っていただけますか?」
「ええ! お送りしますとも!!」受話器を置いた住職様は決然と言った。
「今すぐに! 病院へ!!」
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住職様と私は、入院されるご予定の病院へおばあさまをお連れした。
車椅子におばあさまを移乗させた看護師さんはどうやらお知り合いのようだ。
「ありがとう、加奈子さん」
「じき、担当のナースが来るから。スグルを呼んであげたいけど、今、ケータイ持ってないんだ… 住職様! お店の電話番号とか分かる?」
「ああ! いつも注文しているから、スマホに登録してあるよ」
「良かった! スグルへの連絡をお願いします。 あ、悪いけど電話は外でしてね~」と言いながら看護師さんはスタスタと行ってしまった。
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おばあさまのお部屋を確認して、私はロビーに戻って住職様を探した。
まだ表に居る?
外に出てみると住職様は電話で話し中だ。
聞くとは無しに聞いていると孫のスグルとやらが、『ちょうど店が混んでいてすぐには出られない』と言っているらしい。
カチン!ときた私は…
―何度も言うが、私は行き当たりばったりなのだー
住職様の肩越しに怒鳴り喋った。
「四の五の言わずに来い!! てめえの肉親だろうが!! 住職様や赤の他人に迷惑を押し付けんじゃねえ!!」
あああ!! 何を言っているんだ!! 私は!! おばあさまの事を迷惑だなんて…
繰り返し言うが私は行き当たりばったりだ。
この街に来たのだって、あかりの故郷だからだ。
もとより人様の家庭の事情に立ち入るべきでは無い。
電話を切った住職様はワハハハと鷹揚に笑って憮然としている私の肩を叩いた。
「スグルは今こっちへ向かっている」
「なら、もう安心ですね。私はこれで失礼します」と離れようとしたが、住職様に腕を掴まれた。
「お詫びとお礼を言いたいので待っていてくれとさ。アイツを一声で借りて来たネコにしちまって! もうこれは節子さんの言う通り、しばらくやっかいになるんだな。これもご縁!」
なんでこうなるのかなあ… 私は元々人付き合いが苦手なのに…
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作務衣にエプロン姿のまま病院に入ってきたのですぐ彼なのだという事は判った。
ただ…こんなヤツとは…
身長は私よりは高いので、今時の男子の平均くらいなのだろう。
体格はガッシリしている。海辺の街の人だからか…妙に日に焼けている感じだ…
問題は顔だ。
ハッキリ言って今の私は全くオトコに興味ない。当たり前だ。生きている事にすら興味がないのだから…
その私の目から見ても、…とんでもないイケメンだ。しかもまだ少年の面影を残している…
その不埒なイケメンスグルくんが私の顔を見るなり驚いてドギマギしている。
しばらく時間が経って、ウンザリする位そのモジモジを続けてからようやく彼は
「あの… さっきはスミマセンでした!!」
と膝にくっつかんばかりに頭を下げた。
「ばあちゃんの口癖が『お客様を待たせるな。自分たちの事は二の次三の次』だもんで…」
なんだよコイツは!
「謝りながら言い訳するやつは!!、サ・イ・テー!!」
と言葉で捻り上げた。
でもこの人はおばあさまの肉親だから…
そうか…ひょっとして私の顔のせいか…
また、やっかいに足を突っ込んでしまった…
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結局私は…しばらくおばあさまのお世話をお手伝いすることになった。
「お相撲さんの断髪式みたい」とおっしゃった、おばあさまの御髪にハサミを入れた一人になってしまったから…
ちょうど未使用の巾着袋がキャリーバッグの中にあったので、その中に御髪を入れておばあさまにお渡しした時に、懇々と頼まれてしまったのだ。
おばあさまはイケメンスグルとの二人住まいで、後は通いのヤナイさんという職人さんだけで女手が居ないと言うし…
で、今、私はイケメンスグルの運転する仕事用のバンの助手席でため息をついている。
「あの、取りあえず着替えを買いたいんだ。どこか店ないかな?」
「そうだな…一番近くだと、商店街の中に洋品店がある」
私は懐かしい雰囲気の洋品店でスウェットの上下二組に全然おしゃれでない(デニムって呼べないような)ジーパン、訳の分からない柄のロンTと、どうでもいい感じの下着を数枚ずつ。あとおばあさま用に肌触りの良いタオルをたくさん買った。
まるで行商のおばさんのように両手に荷物を抱えて車に戻ってみると、ヤツはちゃかり何かの雑誌を本屋で買っていたようだ。 慌てて助手席からその袋を取り上げて後ろに放り投げた。
もしあれがエロ本だったら…そいつで思いっきりぶっ叩きそうだったので、中身を確かめることはしなかった。
その後、ブンむくれている私をイケメンスグルが食事に連れて行ってくれた。
そこで食べたイカソーメンと生しらす丼は、ここのところ何を食べても味を感じなかった私を唸らせた。
「どちらも、ついさっきまでは海に居たんだからな」
そう言ってバカみたいに白い歯を見せて彼は笑った。
生きるという事は、他の命をいただくという事
私はあとどのくらい様々な命をいただいて生き延びなければいけないのだろう…
およそムードのない食堂で、私はそんな事を考えていた。
。。。。。。。。。。。。。。。
えっと、英さんのラフ画です。
いけね、この時は作務衣だった(^^;)
2023.10.20更新
もう、大急ぎで書いている感じ(この回も2話分を1話に押し込めた)で読みづらく誠に申し訳ございません。<m(__)m>
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