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こんな故郷の片隅で 終点とその後  作者: しまうまかえで
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Hotel California ③

冴子さんはあかりちゃんの故郷にたどり着きます。

いくつかの列車を乗り継いで、最後に小さな電車に乗った。


窓の外には、色穏やかな海と空が見える。


電車は私を、あかりの故郷へ…おそらくは彼女が帰りたがっていた故郷へと私を運んでいる。

海辺を離れた電車は少し内陸へ回り込んで終着駅についた。


電車を降りると潮の香りに混じって微かに温泉の香りがする。

確かに駅の名前は『湯の町』だった。


駅前の商店街を、キャリーバッグを曳きながら歩いて行く。


特にみやげ物屋がある訳でもない… 観光地ではないのか…湯治場?

でもまあ、今、私が探しているのは花屋だ。


一軒あった花屋で仏花とカーベラの花束を買って駅前に戻り、私は乗り込んだタクシーに興信所で調べてもらったお寺の名前を告げた。



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私を境内まで運んでくれたタクシーを降りると、そこは小高い丘になっていて海が臨める。


向こうの石段から白い日傘が昇って来た。

抑えた色だが美しい柄の着物が見える。

その着物に見事なプラチナ色の髪が掛かっていて、日差しをキラキラはじいている。


でも私は住職様を探すために踵を返した。


と、一陣の風が吹いてあかりのストローハットを持ち上げた。

慌てて手で抑えて風の行方を追うと

風は日傘にうち当たって、その持ち主をゆっくりと押し倒した。

とっさに私はキャリーバッグを投げ出し、彼女を受け止めようと走り出す。


「大丈夫ですか」

と助け起こした女性は、お年を召してはいるが上品で綺麗な顔立ちの方だ。

なのに、私の顔を見るなり目を見開き、明らかに驚きの表情をみせた。


「節子さん!」と後ろで声がして、砂利を踏んだ雪駄が駆け寄る音がした。


振り返ると、おそらくここの住職様だろう…

「今日子さん?!!」

住職様にも驚いた顔をされた。



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お寺のお庭を観ながら、私と節子さんは住職様から出されたお茶を飲んでいた。


節子さんは一甫堂(いちほどう)という和菓子屋の女将さんだそうだ。


「先程は助けていただいたのに…失礼いたしました。あなたがあまりにも今日子に…私の息子の嫁だったのですが…似てらっしゃるので…」


私の顔は()()()()ものだ。私自身でさえ、今でも違和感がぬぐえない他人の顔…

だとしたら、似た顔の人が存在していてもおかしくはないのだが…


「だった…といいますと?」


節子さんは視線を落として少しため息をついた。


「冴子さんは“Hotel California”という曲はご存じ?」


「…ええまあ…」


「私がこの曲が好きで、その影響か息子もこの曲を気に入ってね…孫が4歳の時に新婚旅行代わりにと、今日子さんと二人でアメリカ旅行に行ったの…『ジャケットの写真に使われた実際のホテルに泊まろうって』 その旅行中に事故に遭って二人とも亡くなってしまって…今日はその月命日…」


それから節子さんはプラチナ色の髪に手をやって続けた。

「私は自分の息子が亡くなったのはもちろんだけど、今日子さんが亡くなったのが本当に悲しかった…実の娘のように思っていたから… 二人の死を知ってから、髪の色は褪せてしまったの… 人とは不思議なものね。この深い深い悲しみが、こんな結晶になってしまうのだから…。でもそれも今日でお終い! 長い髪は入院には不向きだから…」


「いよいよですか…」そっと言葉を置いた住職様に節子さんは頷いた。


私の心は揺らいだ。でも、こうも思った「心だって瀕死になるんだ! もうどうにもならなくも…なるんだ!」と



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「つまりあなたはこちらにお墓を建てたいのですね」


今度は私の話になって、節子さんはひっそりとしている。

やはりお加減が良くないようだ。

私は節子さんに目を奪われながらも頷いた。


「時々いらっしゃるのです。あなたのような方が… ここからは海が見渡せます。

今日の様な日は海からの風も心地良いです。 でも潮風がどれだけ手が掛かるかをご存じですか? ちょうどあなたも墓参に来られたわけだから…体験なさるといいでしょう」


それから住職様は節子さんに声を掛けられた。

「この方は津島様の墓参にいらしたのです。ご案内をお願いしてもよろしいですか」


節子さんは微笑んでくれた。

「ええ、もちろん。お墓のお手入れについてもご案内いたしましょう」



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あかりの実家のお墓はとても立派だった。

手入れも良く行き届いているようだ。


それでも潮風に当てられたお墓のお手入れをキチンとやり遂げるのは骨だった。


先程教えていただいたお返しにと、節子さんの『前橋家』のお墓のお掃除もお手伝いした。


節子さんの腕はもう萎えていて、水を湛えた(たたえた)桶を持つ手もおぼつかなく、とても見ていられなかったからだ。


それから私はお墓に手を合わせた。



あかり… やっと来れたよ…


色んなこと話そうと思ったのに

なぜだろう

言葉が出てこない


ただ、仏花とガーベラの花束の上に涙の雨が降る。


お線香の煙は風に揺らぎながらそこはかとなく消えていく。


私は思わずしゃくり上げた。


でも、もう少ししたら私も()()からね

そしたらいっぱいお話しよ!…


ふと気配がしたら、節子さんがハンカチで私の涙を抑えていてくれた。


空いている手で、そっと頭を撫でてくれる。

「おばあちゃんがついててあげるから…大丈夫だよ」


ダメだよ。

おばあちゃんの体に障る…


でも、私は甘えてしまった。

しばらく動けないでいた。


それが、()()()()()()と私の出会いのお話…



イラスト①

挿絵(By みてみん)


イラスト②

“あかり”の後を追おうと決心して…


“あかり”のストローハットをかぶり、白のワンピを着て

お墓参りに向う“パッツン姫カット”の…

痩せてしまった冴子さんです。


前髪パッツンは(イラスト①のように)眉が隠れるくらいのところが、本当は可愛いのですが、表情が暗くならなくなったので、

あえて眉上でカットしました。


もうほんとに疲れてしまって、“あかり”の居る、空の彼方を見上げている雰囲気が

少しは出せたでしょうか…


挿絵(By みてみん)



2023.10.27更新


余り進歩しておりませんが(^^;)


あ、ワンピを少し可愛らしくしてパッツン姫カットにいたしました。



挿絵(By みてみん)

冴子さんはここでどう過ごしていくのか…

続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続いてきた物語の続編、と言う事で、今は避けるべきか、とも思ったんですが、読み始めて自然に引き込まれました。 第二話の「社長」で一気にやられた感じです。三話の節子さんも魅力的だし、おばあちゃ…
[良い点] 潮風が……あれっ? 気のせいか。 部屋の中に潮風が吹いた気がしたんです。 おばあちゃんの白髪を『プラチナ』と表現するの素敵だな、と思ってたら、悲しみでその色になってしまったんですね。 …
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